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開一夫さん監修の絵本「もいもい」 泣きやむ赤ちゃん続出! 赤ちゃんが選んだ赤ちゃんのための一冊

文:柿本礼子、写真:有村蓮

発達認知科学を絵本の制作に使ったら?

――真っ黒なバックに赤と青の不思議な物体が2つ描かれている。このキャラクターが「もいもい」だ。2017年の発売以来、赤ちゃんがとにかくじっと見る、泣きやむ!と大きな反響があり、現在は28刷、23万部(ボードブック版をいれると30万部)を超える大ヒットになっている。この絵本を監修したのは、東京大学「赤ちゃんラボ」の開一夫教授。なんと実験をして、赤ちゃんに好きなキャラクターを選んでもらったという。サイエンスと絵本は、どう融合したのだろうか?

 私の専門は「発達認知科学」です。もともと理工学部の出身で、人工知能を研究していましたが、「人間の子供は1年で歩くことや話すことができるようになる。それはすごいことだ」と思い、人間の知能、特に赤ちゃんについて、脳機能の発達的変化や認知能力、コミュニケーション能力についての研究をしてきました。

 小さな赤ちゃんを研究対象にする際の課題は「言葉によるコミュニケーションができない」ということです。かねてから私は「赤ちゃんが好き」と言われているおもちゃや絵本に疑問を抱いていました。言葉を話すことができない赤ちゃんに、どうやって聞いたのだろうか。大人が「これは赤ちゃんが好きだろう」というものを想像して作っているだけなのではないか、と。

 赤ちゃんは大人が思っているほど単純ではありません。大人が思う赤ちゃんの「好き」は、赤ちゃんにとって「嫌い」かもしれません。だからこそ、赤ちゃん研究の結果をもとに、本当に赤ちゃんに選ばせるプロセスを経た絵本を作りたかったのです。

 実際に、いくつかの児童書出版社に「僕らが実験室でやっているようなことを生かして絵本を作りませんか」と声をかけたのですが、当時は全然相手にされなくて(笑)。2014年に、当時研究室にいた院生の紹介で、ディスカヴァー・トゥエンティワンの干場弓子社長が研究室を訪ねて来てくれて、意気投合。プロジェクトがスタートしました。

 まず、タイトルに登場する「もいもい」という音を選びました。赤ちゃんが発音しやすい「まみむめも」の音であること、繰り返し音であることがポイントです。フィンランド語の挨拶の言葉ではあるのですが、日本語として、意味を持たないというのも重要です。

 そして、4名のイラストレーターさんに「もいもい」という音からイメージするイラストを描いてもらい、赤ちゃんに選んでもらうコンペティションを行いました。赤ちゃんは、顔のような絵を確実によく見る傾向にあるので、顔や目のようなものは避けていただくようお願いしました。それから、実験はモニター上で行うこと、背後が黒くなることも伝えました。

 こうして描いてもらった4枚の絵を赤ちゃんに見せ、赤ちゃんの注視時間を「選択注視法」で測りました。好きなものほど長く見る、という仮説に基づき、赤ちゃんがどのイラストを長く見るかを計測したのです。さまざまな実験を行っているなかで、赤ちゃんの視線をくぎづけにして離さないイラストが見つかりました。注目度は、他の倍以上! それがこの「もいもい」だったのです。

泣きやむ赤ちゃん続出!

――4点のキャラクターデザインの中で最も赤ちゃんが反応したのが、市原淳さんが描いた目のようなキャラクターだった。

 市原さんのイラストは、「明らかに顔に見えるのはNG」という基準に照らすとギリギリのラインで、いったんは落とそうかという話もありました。でも、落としてしまうには惜しいほど、赤ちゃんの視線を集めました。「もい・もい」と2音節の特徴を生かして2体のキャラクターにしたのも市原さんだけで、こうした点にセンスを感じました。そこで、このイラストを「もいもい」のキャラクターに決めました。

 市原さんに依頼したのは「このキャラクターで全部通して、絵本を作ってください」ということだけ。出てくる言葉は「もいもい」がメインで、所々、「ぽ」とか「むいむい」も使っていますが、この辺りは市原さんのアイデアです。さすがに全ページ「もいもい」では……と悩んだだろうなあ(笑)。

『もいもい』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より

 市原さんは不安だったと思います。だって、まあ、僕が一般読者だったら、同じ言葉だけが繰り返し出てくるこの絵本、買うかわからないもの(笑)。途中で大きくキャラクターが変わりそうになったこともありましたが、「赤ちゃんが選んだこの絵を信じて、変更なしで行こう」と話し合いました。

 表紙も、赤ちゃんへの実験で使った黒背景のままで作りました。大人が考えると、きっと白とか明るい色にしてしまうけれど、ここでは「実験の結果」を最優先に置いて考えたのです。

――出版してみると大きな反響があった。「こんなにじっと見る絵本ははじめて」「泣いていた赤ちゃんが泣きやんだ!」「読むたびに赤ちゃんが指をさして喜ぶ」等のコメントが相次いだ。

 正直に言って、ここまで大きな良い反応が得られるとは思いませんでした。「孫が泣きやんだ」と感謝の気持ちで東大に寄付してくれた方もいました。絵本でお世話になったからと、私の研究室で募集している「赤ちゃん研究員」に応募してくれた人も少なくありません。

 赤ちゃんに絵本を読んであげるとき、最も大切な活動としては「読んでいる人と赤ちゃんが一緒にターゲットを見ている」ということ。赤ちゃんと大人が「一緒に」読むというのが大前提なのです。

 一緒にものを見る行為を「ジョイント・アテンション(共同注視)」といいます。これはものの名前を覚えたり、言葉を覚えたりするとき必要な行為で、社会性を取得し発達させるための大事なステップです。絵本を読むことは、ジョイント・アテンションを育てることで、そのためにはまず赤ちゃん自身が見たいと思う絵本があることが大切。そのシンプルなことを『もいもい』を作る中で再発見させてもらいました。

 今年、もいもいシリーズで、しかけ絵本を作ります。「見る」という機能を、「探す」に発展させた本です。赤ちゃんだけでなく、小さなお子さんにも楽しんでもらえると嬉しいです。