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読書は可能性と価値創造の源泉 アステラス製薬代表取締役社長CEO・安川健司さんの本棚

「中間の書」たちが意志決定の助けに

 子どもの頃は親から本を読めと再三言われましたが、それほどは読まなかったですね。理系好きの一方、古文や漢文の点数は散々でした(笑)。文学に触れるようになったのは、ある程度大人になってから。『怒りの葡萄』や『大地』が心に残っています。

 入社後は、25年にわたり医薬品の開発に携わりました。『ミトコンドリアが進化を決めた』を読んだのは、開発の現場にいた12年前。種々の論文を読み込んだサイエンスライターがまとめた本で、ミトコンドリアが細胞のエネルギー代謝のみならず、アポトーシス(細胞の自然死)や、男女の性に深く関与している仕組みを解説しています。高校や大学で教わった生物学からの進歩に驚いた一冊です。これを読んだ数年後、経営戦略担当役員時代に、研究部門から「ミトコンドリアの異常によって起こる疾患を治す薬に挑戦したい」と言われ、本書を読み直しました。経営戦略を担うとなると、得意領域以外のサイエンスも広く把握し、経営資源を配分していく必要があります。当社は近年、自社研究だけでなくバイオベンチャーや大学などのアセット(資産)の発掘も行っていますが、知識がないと成功の匂いに気づくこともできません。専門書でもなく一般書でもない、本書のような「中間の書」は意思決定の助けになります。他にも『エピジェネティクス革命』(丸善出版)『CRISPR(クリスパー)究極の遺伝子編集技術の発見』(文藝春秋)『マイクロバイオームの世界』(紀伊國屋書店)など、気になった本は意識的に読むようにしています。

 『ナノフューチャー 21世紀の産業革命』は、分子レベルで物質を制御できるナノテクノロジーの可能性について様々な角度から論じています。ナノマシン(ナノサイズの機械)を血液に入れて病原菌を破壊したり、ナノサイズの物質を組み立てて骨や臓器を作ったりするナノ医療についても語っています。読後に思ったのは、有機化合物を使った薬物治療だけに固執していては、革新的な医療の変化に乗り遅れてしまうということです。当社も、従来からある医薬品技術だけでなく、工学技術など異分野の技術・ナレッジを活用した医療ソリューションの可能性を探っています。さらに、医療用医薬品のビジネスの範疇を超え、治療のみならず、診断や予防、予後管理の分野にも視野を広げています。これに並行して、遺伝子治療などで問題となっているような倫理的課題を考慮する必要もあります。本書はそこにも触れており、いろいろな意味で考えさせられました。

異質な物に目を向け新たな概念を生むために

 当社では毎年、社長から新入社員に1冊の本を贈っています。昨年は約100名の新入社員に『量子力学で生命の謎を解く』という本を贈りました。「生物にも量子力学が何らかの形で関係しているのでは?」というアプローチで、光合成や呼吸、嗅覚や磁気感覚、酵素作用やDNAの変異といった生命現象の謎に迫っています。別の学問だと思われていた生物学と量子力学が、生命の起源までさかのぼると密接に結びつく。この発想が面白く、異質な物に目を向けること、そこから新たな概念を生むことの価値を若い人たちが学んでくれたらいいなと思っています。

 『眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く』は、カンブリア紀に生命の多様性が爆発的に増えた原因は、眼の出現であるという説のもと、光と生物の関係性や、眼を獲得した生物の急速な進化について明らかにしています。当社で眼科疾患の研究開発を始めたこともあり、タイトルにひかれて読みました。眼の誕生はいわば破壊的な発明で、これを持たない者は、持つ者に食べ尽くされたのではないかと考えさせられる。「破壊的な発明は水面下で着々と進み、現れるや世界を一変させてしまう」―― そんな教訓とも取れるので、「茹でガエルになるな」という意味で社員にもよく話しています。

 理系の本が続いたので、それ以外の本もいくつか。『ローマ人の物語』は、オランダに赴任する少し前、40代後半に読みました。日本人は「欧米」とひとくくりにする傾向がありますが、アメリカとヨーロッパでは文化がまるで違う。自分もふくめ、現代の日本人はアメリカ文化の影響を大きく受けていることが多いと思いますが、本書を通じてヨーロッパの奥深さを認識しました。特にユリウス・カエサルの時代がおもしろく、後半の食い止められないローマ帝国の崩壊のあたりは、経営のリスク管理という視点で読みました。イタリアは仕事でしか行ったことがないので、いつかプライベートで訪ねたいと思っています。

 『書斎のゴルフ』(日本経済新聞出版社)は、技術論から精神論までゴルフに関する特集が楽しめる季刊誌で、毎号購読しています。アメリカ駐在時はオフィスが田舎にあったので、仕事帰りや週末はもっぱらゴルフ。今はそうはいきませんが、仕事の息抜きに続けています。 (談)

安川健司さんの経営論

アステラス製薬が、研究体制の改革を通じて新たな創薬に取り組んでいます。改革の旗振り役を担い、安川健司さんは昨年4月に代表取締役社長CEOに就任しました。

次なる成長に向けたビジネス戦略の進化

 社長に就任する際、「2019年以降に主力品が特許切れする時期に入るが、それを乗り越え、持続的な成長につなげる事業基盤の構築が私に課せられた経営の最重要課題」と語った安川健司さん。長く開発畑を歩んだ後、2012年より経営戦略担当役員に就任。この時に様々な課題が見えてきたと言う。

 「当時は、我々が得意とする疾患領域で競争優位を築くというビジネスモデルを採用していました。2005年の合併以降推進していたモデルで、このモデルのもと幾つもの画期的な製品が生まれました。しかし、次第に既存品を超えるものが生まれにくくなってもなお同じ領域に固執し、新たな挑戦が阻まれるという状況に陥っていました。イノベーションを継続的に創り出しアステラスが今後も持続的成長を遂げるには、次なるビジネスモデルへ進化させるべきと判断し、経営戦略担当役員として改革に着手しました。そして2015年に新たなビジネスモデルを発表し、入り口を狭くして特定分野を追求する従来の発想から、入口を広くして多面的な視点から創薬に取り組む『Focus Area』の考えに舵を切りました。『Focus Area』は、一つの技術の成功によって多くの成果を派生させる(これを私は『芋づる式』と呼んでいます)ことが期待できるビジネスモデルと考えています」

新たな挑戦に確かな手応え

 昨年の社長就任とともに新たなビジネスモデルを反映した新中期経営計画「経営計画2018」を公表。「製品価値の最大化とオペレーションの質の向上」「Focus Areaアプローチによる価値創造」「医療用医薬品事業で培った強みと異分野の技術やナレッジを融合させた製品・サービスへの挑戦」という3つの戦略目標を掲げ、持続的な成長につながる事業基盤の構築が進んでいる。

 研究開発においては、「Focus Area」の考えのもと新たなアセットの創出に着手。中でも、再生のしくみと細胞技術を組み合わせた、細胞医療への取り組みに力を入れている。まずは眼科疾患をターゲットに研究開発が行われており、その一部は既に研究段階を経て開発段階に入っている。今後は眼科疾患以外にも展開していくという。他の疾患領域への展開にあたっては細胞を移植した際の拒絶反応の抑制が課題となるが、この課題を解決するために昨年ユニバーサルセルズ社を買収。幹細胞基盤技術を有するAIRM(アステラス製薬が米バイオベンチャー・オカタセラピューティクスInc.を買収した後、2016年に設立した子会社。再生医療や細胞医療研究の国際的な拠点)とユニバーサルセルズ社の技術を組み合わせることで細胞医療の対象を広げていくという。

 「リーダーとしてやるべきことは、できるだけ詳細な青写真を描き、改革の手をゆるめないこと。経営計画2018に基づき、いくつもの挑戦が着々と進んでおり、確かな手ごたえを感じています。2020年3月期業績を底として再び会社を成長軌道に乗せること、そして、革新的な医療ソリューションを継続的に生み出し、患者さんに届けていくことが私の使命だと思っています」

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