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違うかもしれない 柴崎友香

 引っ越しを友だちに手伝ってもらったとき、特大サイズのつっぱり棒をそれぞれ一本ずつ、駅から家まで運んだ。わたしはなんなく持って歩いていたが、友人は何回も持ち直し、それでも少し歩くと滑ってくる。交換してみたが、やっぱり同じ。

 友人は手が小さく指も細いし、指紋が薄い。わたしは掌(てのひら)も指もずんぐり、汗でほどよく湿っている。物を持つのに手の表面でこんなに差があるのか、と発見した気持ちだった。一方で、こんな個人差があるのに、運動や勉強や仕事が進まなくて、さぼってるとかやる気がないとか怒られる人も多いやろうなと思った。

 ひと目でわかる体型(たいけい)以外に、体のあちこちが人によって全然違うことに気づき始めたのは数年前。足のサイズを正確に測り、似合う服を探すための骨格診断に興味を持ったのがきっかけだが、同時期に味やにおいも人によって感じ方が違うらしいことを知った。まったく同じ食べ物でも、違う味に感じられるのだ。しかし、自分以外の人の身体感覚は体験できないから、違いを伝えるのはとても難しいし、そもそも、違うことに気づきさえしない。

 先日も、朝型か夜型かはかなり個人差があるという記事を見た。思春期になりやすい自律神経の疾患があって、通学が大変な子供が多くいることも知った。医学の研究や統計調査が進んで、人によってこんなに違いがある、努力ではどうにもならないことがあると、知られるようになってきてよかった。言い訳するなと言う人もいるだろうけど、がんばってやっていることまで能力ややる気の問題にされて理不尽な怒られ方をしたり、自分を責めて自信をなくしたりすることが、減りますように、と願わずにはいられない。

 だけどほんとうは、そんな証明がなくても、自分は平気だけどこの人にとってはしんどいのかもと思いやれればいいし、求められる型にはまらなくてもやっていけてそれでいいやんていう世の中であればよくて、それを想像力というのだと思う。=朝日新聞2019年12月11日掲載