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「働く人のための感情資本論」書評 職場でも家庭でも「しんどさ」

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2019年12月14日
働く人のための感情資本論 パワハラ・メンタルヘルス・ライフハックの社会学 著者:山田 陽子 出版社:青土社 ジャンル:社会学

ISBN: 9784791772230
発売⽇: 2019/10/24
サイズ: 19cm/231,9p

働く人のための感情資本論 パワハラ・メンタルヘルス・ライフハックの社会学 [著]山田陽子

 「自分の感情をモニターして管理しつつ、他者の感情をも敏感に察し、共感的理解を示しつつ決してそれに巻き込まれない態度を保持すること、感情を表現する際には一定の発話手続きにのっとること、さらには、そのような自発的な感情管理力がある人物だと認められるか否かが、就職や昇進や人脈の拡大、社会階層の移動や富の形成にかかわる。その意味で、感情は『資本(capital)』である」
 本書の「はじめに」にあるこの記述に対して、「ああ…それは確かに…」と感じる人は多いのではないか。「感情労働」という概念は、主に顧客に対するサービスの文脈で日本では使われてきたが、筆者は感情の管理が組織内の同僚や上司に対しても必要になっているとされる状況を注視する。職場が実施する「メンタルヘルスケア」、自分で行う様々な「ライフハック」(仕事効率化のテクニック)にも感情管理という要素が組み込まれている。
 職場のトラブルがもたらす最悪の帰結である自殺は、「精神障害による病死」とみなされることで、労働災害と位置づけられるようになった。それは進展ではあるが、精神障害が明確に確認されなくとも、ハラスメントによって尊厳や誇り、すなわち感情がひどく傷つけられた場合には自殺のトリガーになりうる。
 感情管理は職場にとどまらない。ワーキング・マザーは帰宅すれば子ども向けの「菩薩(ぼさつ)モード」に感情を切り替える。そして、子どもが寝たあとや早朝に、持ち帰った仕事をする。休日でさえそれは続く。子どもの先生や保護者間のつきあいでも場面に応じた感情管理が求められるのである。
 私たちを何重にも取り囲んでいる感情管理の膜。本書はそこから抜け出すための直接の方策を述べてくれているわけではない。しかし、方策の前段階として不可欠な「ありふれたしんどさ」に気づくことに、本書は力を貸してくれる。
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やまだ・ようこ 広島国際学院大准教授(社会学)。『「心」をめぐる知のグローバル化と自律的個人像』など。