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2019年の文芸界を振り返る 人縛る「鋳型」問う女性作家たち

今夏発表された芥川賞の今村夏子さん(右)と直木賞の大島真寿美さん。このときの直木賞は候補6人が全員女性だった

社会の不条理、敏感に鮮やかに

 国や社会が傾くと、文学はさえてくる。今年初め、古井由吉に聞いた言葉を思い出す。短編集『この道』(講談社)の取材で文学の未来を問うと、老作家はこう応え、からりと笑った。

 そう、確かに。社会の不条理に敏感にならざるを得ない者たちが文学シーンを支えている。

 韓国の小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳、筑摩書房)が昨年末の刊行から読まれ続けて15万部に。キム・ジヨンが人生のあちこちでぶつかる壁は国境や言語を超えて共感された。「韓国・フェミニズム・日本」を特集した「文芸」秋号(河出書房新社)が創刊以来86年ぶりの3刷を重ねたことも話題になった。韓国文学ブームを支えているのは30~40代の女性作家が中心だ。日本も女性作家の活躍がめざましい。そして社会構造が女性を抑圧していることも双方に共通する。

 正常という社会の鋳型は個人を縛る。それに疑問を投げかけるのが、川上未映子の長編『夏物語』(文芸春秋、毎日出版文化賞)であり、8月に芥川賞を受けた今村夏子『むらさきのスカートの女』(朝日新聞出版)であり、村田沙耶香の短編集『生命式』(河出書房新社)だ。

 『夏物語』は、2008年の芥川賞受賞作「乳と卵」と同じ主人公の、その先までを描く。子どもを産むこと、子を願うことはまったき善なのかを様々な女性の立場から問う。『むらさきのスカートの女』は近所の女と主人公の見え方が次第に変わる。普通はどっちだ。正常と狂気は表裏一体。故人の肉を調理して食べ悼む『生命式』に至っては、ぎょっとして立ちすくむ。常識を外した世界が自由に見えるから面白い。

 人生の節目に鋳型は押しつけられがちだ。神社併設の結婚披露宴会場を舞台にした、古谷田奈月『神前酔狂宴』(河出書房新社、野間文芸新人賞)。儀式から信心まで、その中心には空虚さが広がるばかりだと高揚感ある語りで喝破する。地方の親族の息苦しさに満ちた、三国美千子『いかれころ』(新潮社、三島由紀夫賞)もうまくゆかない叔母(おば)の縁談が主題だった。育児を一人で抱え込み、ある瞬間にすべて放り出してしまう。大阪の幼い姉弟が餓死した事件を元にした、山田詠美の長編『つみびと』(中央公論新社)。「鬼母」と断罪された女の人生にも手を差し出す人を描いた。その手をつかむことさえ困難な境遇が苦しい。

 家族や恋人ではない、ご近所づきあいの緩い関係に希望が見える。国境近くの離島に老女2人きり、村田喜代子『飛族(ひぞく)』(文芸春秋、谷崎潤一郎賞)は老いも死も淡々と受け入れていく。よたよたとした暮らしが、すがすがしい。柴崎友香『待ち遠しい』(毎日新聞出版)もまた、女たちのご近所づきあいの物語。面倒臭さも含めて、楽しく救いのある関係性を作った。

 新しい書き手から多様な性をとらえた小説が相次いでいる。台湾出身の李琴峰(りことみ)『五つ数えれば三日月が』(文芸春秋)は同性に思いを寄せる女性の切なさを真っすぐに描く。千葉雅也『デッドライン』(新潮社、野間文芸新人賞)は断片的な描写を重ね、フランス現代思想をゲイとして生きることに共振させた。小佐野彈(だん)『車軸』(集英社)もまた、ゲイを生きる登場人物が物語を支えている。千葉は哲学者、小佐野は歌人、ともに初めての小説だ。文芸賞を受けた遠野遥『改良』(河出書房新社)は女装を始めた青年が主人公。男性から男性への性暴力を淡々と描く筆致から、尊厳を奪われる絶望がにじみ出る。

 1月に橋本治、2月にドナルド・キーン、6月に田辺聖子が亡くなった。豊かな古典の知識を背景に、日本を愛し、時に厳しく叱った、大きな存在を失った。(中村真理子)=朝日新聞2019年12月18日掲載

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