宝島社「このミステリーがすごい!」2020年国内編、原書房「本格ミステリ・ベスト10」2020年国内ランキングでともに1位を獲得。令和最初の主要ミステリーランキングで2冠を達成した。
推理作家の香月史郎(こうげつしろう)は、ある事件をきっかけに、つやを帯びた黒髪に碧玉(へきぎょく)色の眼(め)、蒼白(そうはく)の肌をした少女、城塚翡翠と出会う。彼女は死者をその身に降ろし、その言葉を伝える霊媒だった。
香月は翡翠から発せられる被害者の言葉に助けられながら、論理の力を駆使し裏付けとなる証拠を見つけ、犯人を追い詰める。一方、世間を騒がす巧妙な連続殺人の次の標的に、彼女が選ばれようとしていた。
相沢さんは2009年、長編ミステリーの新人賞である鮎川哲也賞を受賞した『午前零時のサンドリヨン』でデビュー。映画化が決まった『小説の神様』など青春小説でも知られる。
これまでは、身の回りの小さな事件を描く「日常の謎」にこだわり続けてきた。殺人事件を解決する「本格推理」に挑むのは、今作が初めてだった。
「僕が書く日常の謎の、これは敗北なんです」。日常の謎では、一昨年刊行の『マツリカ・マトリョシカ』以上のものは書けないと思ったからだ。「あの時点で、自分にとっての日常の謎の範疇(はんちゅう)からは出ていた。なら次は殺人事件で書くしかないと」
だが一方で、「じつは日常の謎の面白さをつめてある。日常の謎の論法で書いてみた」とにやり。謎は深まるばかりだった。
インタビューの場で、相沢さんがおもむろに取り出したのは1組のトランプ。記者に柄と数字の組み合わせを一つ言わせ(クラブの8を選択)、1~52の任意の数字を選ばせた(27を選んだ)。トランプの束を上からめくると、27枚目にクラブの8が。まるで謎だった。
マジックは、10代からの趣味。ミステリーのトリックにも共通するのでは?
「ミステリーは謎を解いていくことに重きがおかれるのに対して、マジックは非日常感を楽しんでいただくところに面白さがある。そこは相性がわるいです」
話題作を生み出した謎は解けなかった。(興野優平)
キャラ+特殊設定、うまい伏線回収 ミステリー評論家・千街晶之さんが読み解く
この話題作、専門家はどう読み解くのか。
霊媒と推理作家という主人公の2人組は、「キャラクターミステリー」の流れをくむといえそうだ。ミステリー評論家の千街晶之さんは「デュパン、ホームズの昔から、名探偵はエキセントリックなキャラクターであることが普通で、それ自体が近年の流行というわけではない」という。ただ最近の隆盛について、大ヒットした『ガリレオ』シリーズの「実に面白い」のように決め台詞(ぜりふ)が用意される場合が多く、「ドラマ的なキャラクター造形が逆輸入されている傾向も感じる」とみる。
一方、霊媒が被害者の魂を宿すという設定は、「特殊設定ミステリー」の系譜から派生したともいえる。千街さんによると、1980年代後半から、それまでの社会派推理小説に代わり勢いを増した「新本格」ブームの初期に、山口雅也『生ける屍(しかばね)の死』で死人が蘇(よみがえ)るようになった世界が舞台になるなどして以降、そうした試みが定着した。近年では、ライトノベルとの相互影響もあるだろう、とみる。
『medium』については「相沢さんにとって従来の作風の中では異色作といえるだけに、意外性で驚かせた。伏線回収の技術的水準の高さも世間的好評につながっている」と話す。=朝日新聞2019年12月25日掲載