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「サブリナ」書評 読者をも行方不明にさせる迷宮

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2020年01月11日
サブリナ 著者:ニック・ドルナソ 出版社:早川書房 ジャンル:

ISBN: 9784152098832
発売⽇: 2019/10/17
サイズ: 24cm/205p

サブリナ [著]ニック・ドルナソ

 『SABRINA』はマンガではあるが、マンガではない。コマを追いながら縦に読めばいいのか横に流せばいいのかとまどう。絵が単純でミニマル、感情が希薄。セリフはあるが、方向指示がない。進行しているのか後退しているのかわからなくなる。その上、色彩が全体に灰をかぶったように鬱陶(うっとう)しく、まるでスモッグの中にいるようだ。同じ場面が反復されるのは時間が静止しているのだろうか。そんな場面が動くことがある。視線の移動が映画のカメラのように対象を追う。パーンをしてみたり、ズームをして寄ったり引いたり、カメラを固定したままかと思うと、突然画面が変わって元の位置に戻ったりで、読者自身が動き回らなきゃならない。映画なら擬音があったり、音楽があったりするが、ここにはそんなものはない。台本に描かれた絵コンテを見ているよう。また小説のように地の部分がないので、ボンヤリセリフだけを追っているとわからなくなる。主観的な表現かと思えば、そうでもない。読み手が勝手にコンフューズされてしまっているので作者の責任ではない。現代美術のコンセプチュアルを見ているような、そうでないような。この本は読む能力と同時に見る目の技術がないと作者と共有できない。そんな迷宮的なところがこの物語とどこかで結びつく。主人公の一人サブリナがある日、仕事の帰路、突然行方不明になる。本書を読む者も、この絵の中で予測不能状態になって行方不明になる。そして事件の中に巻き込まれて、何が自分の中に起こっているのかわからなくなる。この本の推薦者達はこの物語の不可解さと謎に最大限の賛辞を送るが、僕は物語はともかく、この気分が重くなる薄暗い色彩の不可解さに翻弄されてしまったことに衝撃を受けている。が、この色彩感覚は素晴らしい。これはマンガ、文学、美術、映画、一体何なのか。わからないのはどうも僕自身の問題らしい。
    ◇
 Nick Drnaso 1989年生まれ。米シカゴ在住。デビュー作『Beverly』がロサンゼルス・タイムズ文学賞。