お囃子さん、曲芸師も登場
体育館には1年生から6年生まで全校生徒がそろっていた。外は小雪舞い散る寒さだが、会場は熱気ムンムン! さん喬さんが登場すると、大きな拍手が響き渡った。
「落語を聞いたことのある人、いる?」
そう問うと、「はーい!」「あります!」と次々に手が挙がり、「へぇ、こんなにいるの」と師匠にはうれしい驚きだった様子。そして、こう続けた。
「今日は、落語を中心とした『寄席』という文化をみなさんに知ってもらおうと思います」
舞台の上には赤い毛氈が敷かれた高座が設けられ、その横には二つの太鼓。そこに、着物姿の3人が登場した。落語家の柳家喬之助さん、三味線奏者の田村かよさん、太神楽(だいかぐら)師の鏡味仙成(かがみ・せんなり)さんだ。そう、さん喬さんは朝倉小のみんなに落語だけではなく「寄席体験」をしてもらおうと、寄席に携わる芸人の皆さんと連れ立ってやってきたのだ。
寄席とは落語や太神楽という曲芸などを楽しむ場のことで、三味線や太鼓、笛の奏者による生の演奏とともに楽しむ芸能だと説明した上で、さん喬さんはこう続ける。
「最初に太鼓。お客さんが寄席という劇場に入ってくるときにたたく『一番太鼓』と、お客さんが到着されましたよという意味で開演前にたたく『二番太鼓』を聴いてもらいます」
一番太鼓はたくさんの観客に入ってもらいという思いを込め「どんどん、どんとこい!」、二番太鼓はたくさんの福が来ますようにと「おたふく、こいこい」とたたくと、喬之助さんの太鼓の音に合わせて解説。続いて、前座が登場するときの出囃子(でばやし)「前座の上がり」と、トリを務める真打ちが使う出囃子が演奏された。
「全然違うでしょ?」とさん喬さんの問いかけに、うなずく子どもたち。「前座さんは20歳前後の若くてフレッシュな落語家さんが中心なので『ちんとんちんとん』と明るくてリズミカル、対して真打ちは70歳や80歳の大ベテランもいるから、威厳が感じられる曲が多いんです」
その後、かつて新潟の子どもたちが街角で舞った「越後獅子」、源義経と弁慶のストーリーを描いた「勧進帳」などの伝統的な曲から、「ジングルベル」といった外国の音楽まで、三味線、太鼓、笛で演奏。最後は「ひゅう~どろどろどろ~」でおなじみの「幽霊三重」の音色に合わせ、さん喬さんはこう語り始めた。
「目をつむってみてください。誰もいない墓場に一人っきり。生温かい風がすーっと吹いてきました。あなたの後ろにひょっとしたら幽霊が……うらめしや~」
「きゃー!」と子どもたちは大はしゃぎ。普段はなかなか触れる機会のない日本独自の音や音楽が刺激的のようだ。
お客さんの想像力も必要
続いて、喬之助さんによる落語解説が始まった。「みんなテレビでコントとかよくみるよね? たとえば学校のコントだと、生徒と先生役の2人が登場します。ちょっとやってみようか。生徒役、やりたい人」
その呼びかけに、「はい!」「はーい」とどんどん手が挙がる。白羽の矢が立ったのは、いち早く挙手した2年生のヒロトくん。ヒロトくんがサッカーボールで学校のガラスを割ってしまい喬之助さん演じる校長先生のところに謝りに行く、という設定だ。
ヒロトくん、「トントントン」と言いながらドアをノックするしぐさ。「校長先生、失礼します。サッカーボールでガラスを割っちゃって、本当に……すみませんでしたっ!」
校長先生「そうかそうか。素直に謝るのはいい。これからは気をつけて遊んでね。もう授業が始まるから教室へ戻りなさい」
ヒロトくん迫真の演技に会場からは大きな拍手が。喬之助さんは「実際にはない扉をノックして開けたのは、すごくいい演技でした」と称賛し、「コントは2人の設定は2人で演じますが、落語は一人でやります」と説明し、「こっちを向いているときはヒロトくん、あっちのときは校長先生と、向いた方向によって役が切り替わる。落語を聞く人に想像しながら聞いてもらわなければならないのです」。
そうした落語の「いろは」の解説の後は、実際の落語を披露。八つぁんがご隠居さんから聞いた「鶴の名の由来」を、「学がない」と自分をバカにする仲間に話して驚かせようとする演目「つる」。八つぁんは意気揚々と話し始めるものの、「白髪の老人」を「爆発の老人」、「唐土(もろこし)」を「物干し」と間違ってばかり。そのおっちょこちょいぶりに、子どもたちも大爆笑だ。
「代わりましては曲芸をご覧いただきたいと思います~」と舞台に登場したのは、太神楽師の鏡味仙成さん。太神楽とは、舞、話芸や曲芸、鳴り物などで演じられる芸。仙成さんは片手に和傘を持ち、勢いよく回すと、もう片方の手で鞠(まり)を投げ上げる。鞠は傘の上でクルクルと回り始めた。次に四角いマス、さらには金属の輪っかと、回すものの難易度が上がっていくと、歓声もひときわ大きくなっていく。
棒の上に茶わんなどを乗せていくバランス芸では、会場のあちこちから「絶対無理だよ」「落ちちゃう!」の声が。その心配をよそに、仙成さんは茶わんや飾り物を上へ上へと乗せていく。崩れそうで崩れない究極のバランス芸に「すげえ!」「なんで?」と、子どもたちは目をまん丸にして驚いていた。
名人芸をたっぷり 前のめりの子どもたち
最後は、この日のトリ、さん喬さんの落語だ。演目は「初天神」。おとっつぁんが天神様に行こうとすると、息子の金坊が「あたいも連れてっとくれよ~」と懇願する。おとっつぁんは「あれ買ってこれ買ってと駄々をこねるからダメ」と突っぱねるが、金坊は「あれ買ってとかこれ買ってとか言わないからさぁ」と食い下がり、結局、親子で出かけることに。
金坊がわがままを言わないのは最初だけ。「今日さ、あたい、あれ買ってこれ買ってって駄々をこねないいい子だろ? だからさ、ご褒美になんか買って」とせがみ、あめ玉を買ってもらう。せっかく頰ばったがヨダレを垂らしてしまい、頭をはたかれ、その拍子に、飴玉を落としてしまう。「泣くな泣くな! ほかに何か買ってやるから」となだめるお父っつあんの言葉に、金坊はニヤリ。ちゃっかり者の金坊とそれに振り回されるおとっつぁんの駆け引きに、「あはは」「くすくす」と笑いがもれる。寄席が始まって早2時間あまり。子どもたちは集中力を切らすどころか、瞳を輝かせ、体はどんどん前のめりに。さん喬さんの落語の世界にどっぷり漬かって、夢中になっているようだ。
「こんなことなら……おやじ連れてこなきゃあよかった」
金坊のこんな言葉でオチがつくと、子どもたちからは大きな歓声と拍手が送られた。
最後に、図書委員の児童が代表し、感謝の言葉が贈られた。
「朝倉小の今年の目標は『表現』。落語も表現の一つなので、まねして頑張ってみたいと思います」
授業のあと、ほかの芸人とともに寄席文化を伝えたいと考えた意図を聞くと、「日本の文化に直接触れてほしかった」とさん喬さん。
「たとえば、海外に行くと『日本の音楽は?』と聞かれて答えられない人が多い。一生に一度でいいから、本物の日本の音楽、日本の芸能を、それも生で体験してもらえたらと考えたのです」
子どもたちの想像力、理解力には驚いたよう。さん喬さんは最後に、満面の笑みでこう語った。
「いわゆる『くすぐり』もちゃんと効いていて、ツボで笑ってくれた。子どもたちと僕らと一緒に素晴らしい寄席を作り出すことができ、本当に楽しかった!」