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サイモン・シン「フェルマーの最終定理」 科学とは、感動呼ぶ大団円 講談社・篠木和久さん

 「どんな題材を選んでも、どんな切り口で始めても、最後には『宇宙とはなんだろう』『生命とはなんだろう』といった根源的なテーマにつながるのが、よい科学書である」――これは、かつての編集長が私の先輩に伝え、その先輩が私に教えてくれた科学書編集の要諦(ようてい)だ。一般読者のための本はかくあるべし、という指針でもある。

 私にとって、そうした「よい科学書」のお手本のひとつが本書だ。

 17世紀の数学者フェルマーが、ある書物の余白にメモとして書き残した数学上の予想。のちにフェルマーの最終定理と呼ばれることになるその予想を証明しようと、後世、名だたる数学者たちが挑むのだが、長年にわたって解決することはなかった。それが350年以上を経た20世紀末についに成し遂げられる――。

 と書くと数式が羅列された本のように思えるかもしれないが、なんと本文は縦書きで、数式はほとんど登場しない。むしろ、この数学史上最大の難問に取り憑(つ)かれた数学者たちの足跡をたどり、彼らの努力と苦悩を描くことで、その証明が現代数学にとっていかに重要だったのかが語られる。

 さらに、たった一つの定理を巡る話でありながら、それは数学の枠を超え、「科学するとはどういうことか」という大きな問いに答える物語にもなっている。最終章は大河小説の大団円のようで感動すら覚えた。歴史をまたいだ知の営みを前に、自分がちっぽけな存在に思えてしまうけれども、それこそ科学書を読む醍醐(だいご)味かもしれない。=朝日新聞2020年1月22日掲載