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ジャレド・ダイアモンド「危機と人類」 愛と良識で語られる近現代史

 大部の本なのに読みやすいのは、データ重視の自然科学的研究ではなく、「比較論的で叙述的(ナラティブ)で探索的な研究」、つまり「お話」だから。人類文明史の大家が、日本、米国、ドイツ、フィンランドなどの近現代史に着目し、国家が危機をどう乗り越えたのか考察している。

 対象は7カ国のみ。著者自身、住んだことがあるなど、個人的になじみのある国を選んだ。なかでも、旧ソ連と長い国境線を接するフィンランドの章に、著者の愛がこもる。「超大国(略)に恐れをなした近隣の弱小国が、浅ましくも主権国家としての自由を譲り渡すという、みっともない状況」が「フィンランド化」だといわれるが、とんでもない誤解である。フィンランド化とは、誇り高き小国が、歴史の厳しい現実を耐え、学んだ、オリジナルな危機解決戦略なのだった。

 第2次世界大戦で壊滅的な敗北を喫した日独だが、ドイツはいま、EUの盟主である。「ドイツの手法がかつての敵国をおおむね納得させているのに対して、日本の手法は(略)中国と韓国を納得させそこねているのはなぜだろうか」。著者の良識的な答えが、腑(ふ)に落ちる。

 ところで本書随一の特徴は、国家の危機を「個人的危機というレンズを通すことで」理解しようというアイデアだ。失業や離婚など個人的危機の解決には「・危機に陥っていると認める・他人を手本にする・公正な自己評価・忍耐力」などが有効とされる。危機に陥った国々は、その観点からみてどう対処したのか述べるのだが、なにやら歴史書が一気に自己啓発本になるようで、正直、鼻白む。

 ただしこれも、正統的な歴史書が読まれず、自国に都合のいいえせ歴史書がベストセラーになるといった、まさに「歴史の危機」を認め、“自己啓”を手本に、良識的な歴史記述にも多くの読者を呼び込もうという「危機解決術」なのかも知れず、とすればその手並みは鮮やかというほかない。脱帽である。=朝日新聞2020年1月25日掲載

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 小川敏子、川上純子訳、日本経済新聞出版社・各1980円=上4刷3万4千部、下同3万1500部。19年10月刊行。『銃・病原菌・鉄』の著者の最新作。30代以上の男性に読まれている。