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「無敗の男」書評 肉薄すれど遠ざかる政治家の謎

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2020年02月22日
無敗の男 中村喜四郎全告白 著者:常井健一 出版社:文藝春秋 ジャンル:

ISBN: 9784163911182
発売⽇: 2019/12/16
サイズ: 19cm/332p

無敗の男 中村喜四郎 全告白 [著]常井健一

 中村喜四郎という政治家が前から気になっていた。東日本大震災前に書いた恋愛小説に、脈絡なくその名を書き入れていたこともあって、結局消したが自分ながら不思議なことだった。
 本書にもあるが、彼を描いたノンフィクションは他に一冊もない。ロングインタビューも著者が初めてであり、1994年、ゼネコン汚職事件に絡んで国会議員でありながら斡旋収賄容疑で逮捕された際にも、完全黙秘を貫いて「百四十日間の勾留中、自分の名前さえも喋らなかった」人だ。
 その中村がなぜか口を開いた。そして読めば読むほど、また不思議な気持ちになった。奇怪なほどストイックなのである。
 例えば、後援会には一切「企業別、業界単位の組織」がない。あくまでも個人のネットワークに重きを置き、建設族であったにもかかわらず「建設会社は来るな!」と言っている。
 また出所以降は特に「政治献金もゼロ」、「一回も金集めの『励ます会』はやったことがない。(中略)普通の政治家がやることは一切やらない」という。しかし、後援会の小さなネットワークをこまめに回り続け、選挙には必ず勝つ。
 理由のひとつが交換した名刺の連絡先に講演後、秘書たちが電話して「感想や改善点を詳細に聞き回る」ことである。それを吸い上げて中村は講演を改善するという。講演のための講演、選挙のための選挙と言いたくなるほど、自己言及的な探究がそこにはある。
 考えれば、父親の名前を襲名する時点で、果たして現在の中村喜四郎のアイデンティティーとは何かと興味が湧く。しかし著者常井健一が見事に肉薄すればするほど、答えは遠ざかる。そしてますます抽象的な興味だけがいや増しに増す。
 その中村が無所属となり、古巣自民党、ひいては安倍政権を「自浄作用がなくなった」と批判して、野党議員の選挙の裏側で動いているわけだ。
 ますます見逃せない。
    ◇
とこい・けんいち 1979年生まれ。ノンフィクションライター。著書に『保守の肖像』、共著に『決断のとき』など。