役をまっとうしなければならないと感じた
物語の中心となるのは、佐藤浩市さん演じる福島第一原発1・2号機当直長・伊崎利夫と、渡辺謙さん演じる福島第一原発所長・吉田昌郎のふたり。吉岡さんは、伊崎の娘・遥香役を演じている。震災後に父の無事を信じて避難所で待ち続ける姿や、父と再会した時の感情を震わせる姿は、観客に鮮烈な印象を残す。
もともとは京都の出身で、震災時には関西にいた吉岡さん。オファーがあった段階では「当時の現地の様子を深く知らない自分にできるのか」という緊張はあったものの、「せっかくお声をかけていただいたので、自身の役をまっとうしなければならないと感じました」と心を引き締めたという。
撮影の過程では、「嘘があってはならない」という製作陣の意気込みを強く感じた。「避難所のセットは、実際の避難所と同じように作られていて、画面に映らない部分までしっかりと作りこまれていました」
たとえば、避難所に設置されたメッセージボードの存在だ。「『家族を探している』というメッセージカードが貼られているんですけど、その一つひとつがこういう特徴の人だとか、これくらいの年齢だとか、すごく細かく書かれていて。なんとかして家族を取り戻したいという強い意志がそこにあるように思えました」
“写真”の演出も印象的だったという。「若松(節朗)監督からお願いされて、子どもの頃に父に撮ってもらった写真を持ってきて、それを撮影のセットに飾っていただきました。直接画面に映ることはないんですけど、家族と一緒にいる写真を何回も見返すことで、思い出の詰まっている場所が失われることの怖さがわかってくる。劇中、避難する際に津嘉山(正種、伊崎の父・敬造役)さんが写真を大事そうに抱えるシーンがありますけど、それも印象的でした」
吉岡さん自身は、“待つ側の心境”を意識して現場に臨んだ。「シーンごとの気持ちの変化は意識しました。最初に震災が起こった時は、大変なことは起きているけど、どこか現実味がない感じだったのではないかと思って。でも、避難所での生活をするうちに、だんだん苦しくなってきて、起きたことの大きさや、お父さんが危険にさらされていることが感覚としてわかってくる。待つことの怖さは常に意識していました」
植物は花を咲かせるし、虫や動物もいのちを続けていく
震災後に岩手を訪れた経験や、(帰還困難区域に指定された)福島県富岡町に住んでいた人に話を聞いた経験についても語った。「最後、佐藤さんと渡辺さんが震災後に咲いた桜を見上げるシーンがあります。植物は汚染された場所でも花を咲かせるし、虫や動物もいのちを続けていく。そのことには岩手を訪れた時にも感じ入りましたし、また、故郷の重みについてもあらためて考えました。富岡町から避難された方に話をお聞きした時、今住まわれている自宅について『素敵なんだけど、故郷はひとつだから』とおっしゃられて。故郷を奪われることの悲しみをどう伝えるかは、自分でもずっと考えていたように思います」
そんな吉岡さんに最近読んだ一冊を聞くと、『stardust album 星屑の詩』(2018年、rizm編)という本を挙げた。「アーティストのharuka nakamuraさんが、写真家や音楽家の仲間を集めて作られた本で、写真集であり、音楽集でもあります」
とくに心に残ったのは、写真家の中川正子さんの写真、また文章だという。「(中川さんは)東日本大震災をきっかけに関東から岡山に移り住んだ方たちの写真や、東北の方の写真をたくさん撮られています。中川さんが思いをつづられた文章では、“強い影のすき間にひっそりと差す光を”という言葉が特に印象的でした。人を惹きつける強い光を撮るんじゃなくて、人に気づかれない光を撮りたいとおっしゃられていて、私が映画に参加する際に感じたことと近いなと思いました。生きていてほしいと願いながら、強く誰かを待ち続けていたこと。震災の時に避難所にいた方たちの心を映画で伝えることができていたら、とても嬉しいです」