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米原万里「ガセネッタ&シモネッタ」 集めて編んでフルコースに 文芸春秋・藤田淑子さん

 米原万里(まり)という名前を知ったのは一九九〇年。ペレストロイカさなかのソ連に深く斬り込んだ雑誌の特集記事で、一体どんな女性なのか興味をそそられた。

 『不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か』という傑作が世に出て、第一線で活躍するロシア語会議通訳であることが判明。義弟・井上ひさしさんの授賞式で出会い、恐る恐る米原邸を訪問した。

 待ち受けていたのは犬猫たち推定七~八匹。獣医に予防注射を「団体割引」させ、やっと落ち着いた米原さんは「某新聞で連載していたエッセイを使って通訳と言語をめぐる本はどう?」と提案してくれた。題は決まっているという。

 『ガセネッタ&(と)シモネッタ』。後に通訳仲間、横田佐知子さんと田丸公美子さんのあだ名だと知った(ご自身は女帝エカッテリーナとして君臨しておられた)。

 しかし、その新聞連載だけではとても一冊分にならない。ありとあらゆるエッセイや対談をかき集めてみたが、さて、いかに組み立てるべきか。そこで思いついたのが、イタリア料理のフルコースに見立てて並べることだった。前菜、第一、第二の皿、デザートといった具合である。食いしんぼの米原さんはこの趣向を大いに楽しんでくれた。

 私にとっては「編集者とは集めて編む仕事」であることを認識した忘れがたい本である。次の本『旅行者の朝食』では交響曲風に見立てて並べた。米原さんの生前にご一緒できた仕事はこの二冊のみである。=朝日新聞2020年3月11日掲載