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ヒグチユウコさんの「ニャンコ」シリーズ 日常にある普遍的な気持ちを、猫を通して繊細に描く

文:日下淳子、撮影:井上佐由紀(MOE2018年1月号)

息子の大事な猫のぬいぐるみが主人公

――画家であるヒグチユウコさんの描く猫は、繊細で美しく、それでいて人間らしい温かみを持つ。絵本のデビュー作となった『ふたりのねこ』(祥伝社)、そして幅広い個性を持つ猫たちの交流を描く『せかいいちのねこ』『いらないねこ』『ほんやのねこ』(白泉社)のシリーズは、表紙の美しさに惹かれて手にとる人も多い。そして、内容を読んでその世界観に虜になってしまうのである。ぬいぐるみの「ニャンコ」が、さまざまな猫たちと出会って成長していく物語は、子どもから大人まで、多くの人を魅了している。

 主人公の「ニャンコ」は、息子が大事にしている猫のぬいぐるみです。1歳になる前から特別にかわいがっていて、どこに行くにも常に抱っこしていました。私がニャンコのお話を作って聞かせていたこともあって、ぬいぐるみというより人格ある生き物として、息子にとってなくてはならない存在でした。ニャンコのシリーズは、そういう思い出も含めて描いた作品で、ニャンコは持ち主の「ぼっちゃん」への愛情で溢れています。

 はじめての絵本は、ニャンコがぼっちゃんとはぐれて、公園で出会った「ねこ」と過ごす日々を描いた『ふたりのねこ』です。バッグ付き絵本として発売されたものが、後に単行本化されました。既にお話は頭にあったので、構成はすぐにできましたが、時間がなくて、10日ぐらいで絵を仕上げたんです。絵本は、絵を描く仕事とは違って制約が多いので、試行錯誤で作った部分が大きかったですね。若い頃に絵本の公募に応募したこともあるのですが、その頃はかすりもしなくて。こうして絵本という形になったことが、嬉しかったです。

『ふたりのねこ』(祥伝社)より

――その後、白泉社のMOEで新しいシリーズを手掛けると、たちまち人気に。ニャンコが「ぼくはきっとせかいいちしあわせなぬいぐるみだと思う」と男の子との関係を話すところから始まり、でもそろそろぬいぐるみに飽きてしまうのではと心配になる話を『せかいいちのねこ』で描いた。本物の猫になるために旅に出たニャンコが出会う猫たちは、どれも個性豊かで、表情も服装も魅力に溢れている。

 『せかいいちのねこ』は、絵本誌「MOE」の連載で比較的自由に描かせていただいて、楽しかったです。思いのままにお話と絵を描いていっても、編集さんにダメ出しをされることはほとんどなかったですね。

 絵本に登場する猫たちは、私が昔飼っていた猫や友人の猫で、ほとんど実在した子がモデルとなっています。でも息子がつけたニャンコ以外、名前らしい名前はつけませんでした。私の中で愛玩動物のように捉えたくなかったんです。人間に呼ばれている名称は、さして本人(猫)たちにとって重要でない感じがするんですよ。絵本の猫は、実際にはしない人間的な動きを表現しているので、本物にあまり近づけないように、リアルさとのバランスをとるようにしています。

『せかいいちのねこ』(白泉社)より

読んだ人が読んだように感じて

――ニャンコが小さな捨て猫を拾って育てる続編『いらないねこ』に続き、『ほんやのねこ』では、いままでの物語に出てきた猫や、ヒグチさんの他の絵本などで描かれたキャラクターたちが、本屋にやってくるお客さんとして描かれる。異世界の生き物のようなフォルムがまた魅力的で、いたずら好きだったり、無邪気だったりと、このキャラクターのファンも多い。

『ほんやのねこ』(白泉社)より

 ツチグリ坊や(白)は常に嫌な顔をしているキノコで、キノコに詳しいデザイナーさんが指名したキノコで作りました。オカヒトデ(黄)はいろんなところで飾りとして描いていたものを、デザイナーの名久井直子さんが気に入って、お話に出してほしいと言われて登場させたものです。『ほんやのねこ』では、いろんなキャラクターをちょっとずつ活かして物語にしました。

 猫たちの性格づけをさせるものとして、洋服も楽しんで描いています。『ほんやのねこ』は、主人公が女の子ということもあって、エプロンがおしゃれ。実際に飼っている猫には、洋服を着せたり、首輪をすることもしないのですが、模様を描く作業というのは楽しくて、絵が華やかになりましたね。

『ほんやのねこ』(白泉社)より

――白泉社の絵本3部作の累計はまもなく30万部。子どものものだけでない絵本の吸引力を感じさせる。誰が手に取ってくれるのか、ということを意識しないというヒグチさん。それでも、すべての絵本の原画を見ることができる、現在巡業中の大規模個展「CIRCUS」では、大人のファンも数多く来場している。

 絵本は子どものものという概念は持っていません。大人が読んでつまらないものは、子どもにもつまらないと思っています。絵本に対して、「こういうことが伝えたい」と思って描いたこともないですね。読んだ人が読んだように感じてくれればいい。本と言うのは、読み手の受け皿によって、違う受け取り方になると思います。ニャンコが寂しい思いをしているところで悲しい話と言われることもありますが、私としては、もっと日常にある、普遍的な気持ちを描いているつもりです。

 ストーリーは、「今からラフを描こう」というときに、その場で思いついたものを描いています。ほぼ文章は一発で決めて、ほとんど推敲しません。私は推敲を重ねると、文章に味気がなくなるタイプなのだと思っています。小さい頃から本は好きで、小学生の頃はSFものや図鑑などを読んでいましたが、特に文章を勉強したということはないですね。

 この本を描くことで誰かに喜んでもらいたいとか、万人に受け入れられたいと思う気持ちは、私の中にあまりなくて。でも、子どもがこの本を自分で選んで読んでくれている様子を見ると、素敵なことだなと思いますね。読んだ後に何か感じてくれたり、楽しんでもらえたら、それだけで嬉しいです。

 絵本の次回作ももう進んでいて、ちょうど打ち合わせが始まっているところです。今までにないタイプの絵本を出したいと編集さんたちと話しています。

坂本美雨さんと巡るヒグチユウコ展「CIRCUS」