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絵本『字のないはがき』で文を担当した角田光代さん「みんなで向田邦子さんの世界を一番いい形で守ることができたと思っています」

撮影:石川正勝

 少女小説を書いていた22歳の頃、「エッセイを書かれるなら読んでください」と編集者から勧められた向田邦子さんの本を読んで大ファンになりました。当時の私にとって向田さんは、脚本家として華やかな世界で活躍しながら51歳の若さで亡くなってしまった“大人の女性”というイメージでした。それなのに、エッセイを読むとまるで自分が体験したように共感できるし、映像が目に浮かんで忘れられなくなります。そして、書いてある話はどこまでも庶民的なのに、文章からにじみ出る向田さんの洗練された生き方や考え方に強烈に憧れてしまう、唯一無二の作家なのです。

 ですから、“妹の和子さんのご指名で、向田さんのエッセイ「字のない葉書」を絵本にしてほしい”と編集者から依頼があったときは、信じられませんでした。「和子さんのご指名」というのはただの口説き文句だろうと思いましたが、もし断って他の作家が絵本にしたらものすごく悔しい(笑)。そう思って、騙されたつもりで引き受けたのです。同時に、30年前に読んだ「字のない葉書」の内容が鮮やかによみがえってきました。

 戦争を語ろうとする人はよく大上段に構えて、悲惨な面を強調したり、ドラマティックな方向に持っていきがちです。でも、「字のない葉書」で描かれているのは、戦争下にある向田家の日常の一コマ。誰も死なないし、家族が非常な困難を強いられるわけでもありません。けれども、末っ子の妹(和子さん)だけ疎開させたことで起きる家族のちょっとした日常の変化で、戦争の悲惨さを描いている。それが向田邦子という作家の力で、何度読んでも泣いてしまうのです。

 その向田さんの文章を自分が書き直すとなると、重圧を感じずにはいられませんでした。そこで向田作品の色や音や味を損なわないために、脚色しない、余計な言葉を使わない、子ども向けだからと幼稚な表現をしない、といった決め事をしました。その意識は、絵を担当した西加奈子さんにもあったようです。この絵本には登場人物の顔がまったく出てきません。でも、ものすごく人の気配を感じるんですね。それは和子さんも願っていたことだったそうで、「父親の顔が出てきたらイメージが固まってしまうから見たくなかったんです」と、後で教えてくれました。そういう意味でこの作品は、誰も示し合わせたわけではないのに、結果的にみんなが向田邦子の世界を一番いい形で守ることに徹して作ったものになりました。

 この絵本が、「第1回親子で読んでほしい絵本大賞」(JPIC読書アドバイザークラブ主催)を受賞したことで、いま読み聞かせがブームになっていることを知りました。物語の最後、明治生まれの頑固な父親が、疎開先から帰ってきた痩せ細った末娘を抱きしめて泣き崩れるシーンがあります。その場面にだけ、「おおん、おおん」と原作にはない嗚咽の声を書き足しました。いつも厳しいお父さんが号泣するってどういうこと?と驚いてほしかったからです。この絵本は、反戦の本ではないし、今の不安定な社会の現実と重ねたつもりもありません。でも読んだ人や聞いた人が何かを感じとってくれると嬉しいです。個人的には、向田さんが亡くなった年と同じ年齢でこの絵本を出したことに、作家としてすごく大きな意味があると思っていて、不思議なご縁を感じています。

第1回「親子で読んでほしい絵本大賞」贈賞式の様子