2019年も、国内外でマンガ関連の展覧会が数多く開催された。その中から特筆すべき展示を振り返ってみたい。題して「このマンガ(展)がすごい!2019」。
まずは、大英博物館で開催された大規模日本マンガ展「The Citi exhibition Manga」を紹介しないわけにはいかないだろう。同展についてはこの連載でも詳しく紹介したが、その歴史や表現の特徴、産業構造まで、日本のマンガ文化の全体像を考察し、描き切ろうとした、意欲的な展覧会だった。
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日本巡回展もぜひ、と思っている人は多いだろう。実現していない理由のひとつは、日本においては、「マンガ展」というものが、マンガを読むことの延長、つまり手軽に享受できる娯楽としてしか認識されていないことだろう。本来、作品を深く読み込みつつ、それらが生まれた文化的・社会的背景を研究し、その発表の場として展覧会というものをとらえるべき博物館・美術館でさえ、多くは、マンガ展をそう考えているように見える。
そんな中、兵庫県立美術館による「Oh!マツリ☆ゴト 昭和・平成のヒーロー&ピーポー」と、川崎市市民ミュージアムによる「のらくろであります! 田河水泡と子供マンガの遊園地(ワンダーランド)」は、研究機関としての美術館・博物館が作るべき「マンガ展」のひとつのモデルを示していた。
前者は、美術と、マンガや紙芝居、特撮映画といったポピュラーエンターテインメントとを同じ地平に並べ、両者の関係性を示唆することで、これまでとは異なる大衆=「ピーポー」の世界を描き出そうとしていた。
後者は、手塚治虫をはじめとする戦後のストーリーマンガと、マンガ研究者からさえも忘れられつつある戦前の子ども向けマンガ作品を、大量かつ丁寧に紹介することで、これまで断絶しているかのように考えられていた両者の連続性を示した。開催館の台風被害により会期途中で終了せざるを得なかったことは残念だった。
一方、秋田県横手市増田まんが美術館は、70万点のマンガ原画を収蔵できる施設としてリニューアルオープンした。その記念展「ゲンガノミカタ 原画でひもとく六つのマンガ史」が、マンガ原画を見る際のポイント解説そのものをテーマとしていたことは重要だ。現在のマンガ展のほとんどは、マンガの原画=原稿を額装して展示する美術展の体をなしている。しかし、展覧会に足を運んでいる人たちの中で、原画を楽しむリテラシーを持った観覧者は多くないと思われるからだ。今後のマンガ展の質の向上には、展覧会を的確に批評できる観覧者の眼(め)が不可欠だろう。
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最後に、いわゆる原画=原稿以外を、興味深い形で展示した二つのマンガ展を紹介しよう。
「萩岩睦美 再現画展 OSAKA」(大阪市中央区「ラ カンパネラ」)は、30年以上前の自身の代表作を、作家自身が再現制作した作品が展示された展覧会。当時より耐性の高い画材を使い、保管されることが目指されているが、オリジナル原画でも複製でもない、本人による「再現画」という発想が面白い。
「AKIRA ART OF WALL」(東京・渋谷パルコ)は、大友克洋「AKIRA」を、アーティストの河村康輔がコラージュした作品を紹介する展覧会だ。この作品を印刷したパネルは、渋谷パルコの建て替え中、工事現場を約2年間囲っていた壁。つまり、渋谷という街に流れる時間が、結果的に「作者」の一人となっている、という仕掛けである。
今年も、一昨年パリで開催された大規模展示の凱旋(がいせん)展「MANGA都市TOKYO ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム・特撮2020」(東京・国立新美術館)など話題のマンガ展が控えている。知らなかったマンガ作品だけでなく、新しいマンガの楽しみ方自体を教えてくれる刺激的なマンガ展と出会えるのを楽しみにしている。=朝日新聞2020年3月31日掲載