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歴史的出来事にいかに処するか 澤田瞳子さんが薦める新刊文庫3冊

澤田瞳子が薦める文庫この新刊!

  1. 『あきんど 絹屋半兵衛』 幸田真音著 角川文庫 1298円
  2. 『雨あがる 映画化作品集』 山本周五郎著 講談社文庫 715円
  3. 『幕間(まくあい)』 ヴァージニア・ウルフ著 片山亜紀訳 平凡社ライブラリー 1540円

 (1)幕末に彗星(すいせい)の如(ごと)く現れ、彦根藩官窯(かんよう)に定められながらも、わずか六十余年で途絶した陶磁器「湖東焼(ことうやき)」。そんな新興企業を立ち上げた商人・絹屋半兵衛と妻・留津(るつ)、そして不遇の身から国政を預かるに至った井伊直弼を軸に、美しい焼物(やきもの)の輝きを幕末の動乱とともに描いた歴史経済小説。かねて湖東焼に魅せられていた著者だけに、わずかな描写にも湖東焼への深い愛情が察せられる。

 (2)現在テレビ放映中のサントリー・胡麻(ごま)麦茶のCMは、一九六五年公開の黒澤明監督作品「赤ひげ」の世界に高橋克実さんが飛び込んだもの。本作はそんな「赤ひげ」や岩下志麻主演・野村芳太郎監督作品「五瓣(ごべん)の椿」、寺尾聰主演・小泉堯史監督作品の「雨あがる」など、名作映画の原作となった山本周五郎作品をセレクトした短編集。周五郎の入門書としては無論、連作から一編だけを独立させて読むことでその名手ぶりをよく味わえる。

 (3)舞台は第二次世界大戦前夜の一九三九年夏。イギリス内陸部のある屋敷で行われる野外劇を軸に、そこに集う人々の姿を描いた作品である。登場人物はみな迫り来る戦争に心を奪われつつも努めて日常を過ごそうとしているが、終幕においてそんな彼らもまた実は舞台上の人々であると気づかされる。

 歴史とはそこに生きる人々には現実だが、第三者からすれば鑑賞・分析される対象でしかない。現在、歴史的な出来事に遭遇している最中だけに、身につまされる点の多い一冊である。=朝日新聞2020年4月18日掲載