辛島デイヴィッドが薦める文庫この新刊!
- 『その日の後刻(ごこく)に』 グレイス・ペイリー著 村上春樹訳 文春文庫 902円
- 『ドレス』 藤野可織著 河出文庫 935円
- 『メメント・モリ』 原田宗典著 岩波現代文庫 1078円
(1)は戦後アメリカ文学を代表する短編の名手が1985年に発表した最後の短編集。ロシア語、イディッシュ語、英語の三つの言語が飛び交う家庭に育ち、教師や活動家として大勢の人と交流を持った著者の文体は一見シンプルだが、そこには多様な声が響いている。著者の短編集を3冊全て邦訳している村上春樹の丁寧で親しみやすい訳文で楽しめるのも本書の魅力のひとつ。付録的に収録されているロング・インタビューも作品理解を助ける。
(2)は短編を得意とする著者が「自分の女性性」を意識しながら書いた8編を収録した作品集。SF的設定のものもあれば、いわゆる「日常」が舞台のものも多い。どれも母娘、親友、恋人などの二人組の関係が中心に置かれていて、その中で人の記憶の危うさや他者を理解することの難しさが探究される。どの作品も想像できない方向に展開し、ラストでは背筋が凍ることも。作品が提示する様々な問いは簡単には解消されず、読後も脳裏に響き続ける。
(3)は小説から戯曲まで幅広く執筆活動を展開してきた著者が、長期のスランプを乗り越え2015年に発表した自伝的小説。最初に思い浮かんだ「メメント・モリ(死を想〈おも〉え)」という言葉をきっかけに「何を書こうというあてもなしに」書き進められた。家庭崩壊、麻薬所持での逮捕、盟友の死など、度重なる不運、不幸のエピソードが回想されるが、そこには自己憐憫(れんびん)はなく、最後には希望の芽生えさえある。(早稲田大学准教授)=朝日新聞2020年6月6日掲載