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平野恵理子さん「五十八歳、山の家で猫と暮らす」インタビュー 母に捧げる、日々の幸せ

 三十数年前、八ケ岳山麓(さんろく)・小淵沢の別荘を買ったのは、山歩きと庭仕事をこよなく好んだ母だった。休暇には家族4人で過ごした。その母を病気で亡くしたとき、胸に小さな後悔がともった。最後の日々を、どうして母が愛した家で一緒に過ごさなかったんだろう――。心残りに引っ張られるように、2年半前、当時住んでいた横浜を後にして、この山の家に移り住んだ。

 ローカル線の最寄り駅から徒歩で40分離れた一軒家。イラストレーターの仕事をリモートで続けながら、猫1匹と暮らす。騒がしい街から離れた独居生活をてらいのない筆致でつづったアメリカの作家メイ・サートンに倣い、日々の気づきを書き留めたのがこの本だ。

 静岡生まれ、横浜育ち。憧れた山暮らしは、実際には「苦労の連続」だった。水場に現れる見たこともない大きな虫、標高千メートルの厳冬や慣れない雪かき。そんなとき手をさしのべてくれる近所の人々との交歓に助けられ、暮らしの実際をこなすうちに母を失った悲しみは少しずつ癒やされていく。そして四季は巡る。

 浮かびあがってくるのは、一人でいる幸福だ。「孤独という言葉は孤独死とか負のイメージがありますが一人でうきうきとわがままに過ごせるぜいたくもありますよね」

 オンラインでのインタビュー中、画面の向こうからカッコウの鳴き声が聞こえてきた。自宅の庭では、春の花が盛りを過ぎ、夏の花が開く準備を始めたという。「仕事の手をとめてついつい庭を巡回してしまうので、最近は1日に1時間だけって決めています」

 母が残した食器やドライフラワーに囲まれていると、今でも母の気配を感じる。書くことは、母の死に自分なりの納得を見つける過程でもあった。「だからこの本は母に捧げます」文・板垣麻衣子 写真・黒田菜月)=朝日新聞2020年6月6日掲載