山崎達雄さん「公衆トイレと糞尿処理の歴史」インタビュー 観光や風俗にも光当てる
千年余り日本の都だった京都は観光都市でもある。そんな古都に不可欠なインフラといえる公衆トイレと糞尿(ふんにょう)処理の歩みを、江戸時代以降に焦点をあててまとめた。公務員として働き退職した一方で、在野の研究家として約50年がかりの執筆に「達成感があります」と振り返る。
江戸時代に宇治の茶師が肥料の糞尿を独占しようとして周辺の村と対立したこと。昭和のはじめ、外国人観光客対策に京都など関西4都市の協議会が洋式公衆トイレの設置を進めたこと。戦後間もなくでき今はない「四条トアレ」は有料トイレの枠にとどまらない立派な休憩所だったこと……。衛生面だけでなく、農業、観光、風俗など多方面に光を当てた通史となった。
もともとの関心領域はごみだった。東京に生まれ、京都大工学部で衛生工学を学び、1972年に京都府職員となり、産業廃棄物処理の担当に。公害が社会問題だった時代、ごみ処理は社会の耳目を集める領域だった。事業者に適切な処理をしてもらうため関心を高めたい。ではどうするか。話の種に、昔はどんな処理をしていたのか調べて伝えてみようか、と思いついたことが、研究を始めるきっかけとなる。
入り口は市町村史。典拠としている古文書を読む必要性を感じ、専門家に教えを請うて学んだ。市町村史に短く淡々と記された事実はどんなきっかけで起き、どんな経過をたどったのか、関連のありそうな古文書や個人の日記、自治体の記録を精査し、史実として組み立てていく。「新しい資料に出会うとうれしいですね。予想していた資料がやっぱりあったとか、こんな資料もあったのかという驚きとか」。関心はごみから、関連する糞尿やトイレの歴史へと広がっていく。
今の公衆トイレは手軽で衛生的に利用できるようになった。くみ取り時代の悪臭や不潔さを知る世代には隔世の感がある。「でも、水を流してからどう処理され、環境とどう関係があるのか。今日に至るまでの多くの人々の努力に思いを寄せてほしい、という気持ちがあるんです」(文・写真 星野学)=朝日新聞2026年3月7日掲載