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驚きの結末はミステリーの真骨頂 杉江松恋さんが薦める新刊文庫3冊

杉江松恋が薦める文庫この新刊!

  1. 『殺人都市川崎』 浦賀和宏著 ハルキ文庫 704円
  2. 『運命の八分休符』 連城三紀彦著 創元推理文庫 858円
  3. 『博士を殺した数式』 ノヴァ・ジェイコブス著 高里ひろ訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1298円

 (1)は二月に亡くなった浦賀和宏の遺作である。反則すれすれの仕掛けで毎回驚かせてくれた作者が、とんでもないものを置き土産にして去った。

 作者が住んでいた場所でもあるらしい神奈川県川崎市が、本書ではなぜか治安最低の犯罪都市として描かれる。そこに、奈良邦彦という半ば都市伝説化した殺人鬼が現れ、次々に犠牲者を出して暴れ回るのだ。男女二人の視点人物が準備されて物語は進んでいく。二つの流れが合わさった瞬間、見たこともないような瀑布(ばくふ)が誕生するのである。凄惨(せいさん)な暴力描写と悪口雑言に耐えてたどり着くべし。

 (2)は、好青年・田沢軍平が五つの事件に関わることになる連作集だ。各篇(へん)に個性の際立った女性が配されているのが特徴である。

 表題作は人気モデルが殺人の容疑を掛けられるという物語で、「運命の八分休符」という題名に込められた意味に膝(ひざ)を打ちたくなるほどに感心させられる。心を掴(つか)んで離さない冒頭場面から図地反転の驚きのある結末まで、首尾一貫して高品質の短篇集である。

 (3)は、数学を題材にした謎解き小説だ。主人公のヘイゼル・セヴリーは理系の話題全般が苦手なのだが、急死した彼女の養祖父・アイザックが数学者だったのだ。アイザックは彼女に、自分を筆頭に三人が死ぬという予言と、いくつかの指示を含んだ手紙を出していた。彼の遺志に従って動き出したヘイゼルは、奇妙な数学者の世界に足を踏み入れることになる。次第に霧が晴れていくような感覚が楽しい一篇だ。=朝日新聞2020年6月13日掲載