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夏至が近づく 柴崎友香

 いちばん好きな季節は、という質問に迷いつつもたいていは十月頃かなと答えてきたが、最近になってはっきりと「今ぐらい」とわかった。五月の終わりから六月。理由は、明るいから。

 日が長いのは、よい。夕方になって、六時や七時でもまだ明るくて、まだこれからなにかしようという気持ちになるのは、よい。

 去年の今頃、アイルランドに行っていた。高緯度(サハリン島北部と同じくらい)とサマータイムが合わさって夜十時近くまで明るくて、ほどよい気候の路上のテーブルで飲んだり食べたりしている人たちが楽しそうで、歩いているだけで浮かれた気持ちになった。

 日本では今の季節は湿気も雨も、これからは蚊も多い難点はあるけれど、木々の緑もつやつやと鮮やかだし、紫陽花(あじさい)や葵(あおい)や待宵草なんかの花もきれいだし、出歩くと気が晴れていく感じがする。

 引っ越して一年になる今の部屋は、太陽の位置がわかりやすい。窓から日が差す場所や角度が一日一日変わって、季節によってこんなにも違うものなのかとびっくりした。日が沈むのは「西」ということになっているけども、体感としては冬と夏では「南」と「北」ぐらいに、全然違う方角だ。隣のマンションの間にちょうど夕日が沈むのが見えた日があったのだけど、その一日だけだった。地球は動いてるのやなあ、とそれだけで感動してしまった。

 それで、明るい時間がみるみる増えていくのを存分に感じ取っていたら、今のこの感覚、とてもよい、と思ったのだった。会社員をしていたころ、午後六時に仕事が終わってまだ明るいと寄り道してなにしようという気持ちも盛り上がった(真冬でも毎日寄り道していましたが)。

 青くて明るい空を見ているだけで、とりあえず気持ちは上向く。わたしは単純やな、と思うけど、その単純さに乗っかりたい気もする。実際に仕事が進むかどうかは自分次第だけど。=朝日新聞2020年6月17日掲載