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“謎解き”の手つき、様々に 堀部篤史さんが薦める新刊文庫3冊

堀部篤史が薦める文庫この新刊!

  1. 『コックファイター』 チャールズ・ウィルフォード著 齋藤浩太訳 扶桑社ミステリー 1155円
  2. 『知りすぎた男』 G・K・チェスタトン著 南條竹則訳 創元推理文庫 880円
  3. 『村上春樹の世界』 加藤典洋著 講談社文芸文庫 2200円

 いわゆるミステリーというジャンルの熱心な読者ではないが、扶桑社ミステリーから時折刊行される異色作には目がない。中でも(1)の著者チャールズ・ウィルフォードの諸作は現代美術に関する該博な知識を盛り込むなど、犯罪小説の枠組みを大きくはみ出す傑作揃(ぞろ)いだ。本書では、もはや謎も犯罪も描かれず、徹頭徹尾闘鶏にまつわる子細な描写が続く不思議な作品だ。闘鶏は徹底した合理性のもとに育てられた鶏たちを闘わせる、イカサマの出来ない、ある意味民主的な賭け事だが、ときに鶏たちは残酷に使い捨てられる。闘鶏という特殊な世界が、アメリカそのものの姿と重なりあうようでもある。

 チェスタトンは推理小説ファンならおなじみの大家であるが(2)はその著作の中でも異色の連作。上流階級社会の中でおこる犯罪を、フィッシャー(釣り師)という名の人物が解決するのだが、彼自身政治家たちと深いつながりを持つ立場ゆえ、時に事件の真相や犯人をまるでキャッチ・アンド・リリースするように看過してしまう。その様子を側で観察するワトソン役が政治記者であるところも皮肉が効いている。政治や文明批評でも知られるチェスタトンらしい作品。

 (3)は著者が、デビューから一貫してその作品と付き合い、考察を続けた村上春樹論。文壇の評価にとらわれず、作家の発言、批評テキスト、社会背景をパズルのように組み合わせ、作品の核心を探求する姿勢はまるでストイックな私立探偵のようだ。=朝日新聞2020年6月20日掲載