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石津ちひろさんの絵本「おやおや、おやさい」 楽しい言葉とともに、野菜たちがマラソン

文:石井広子、撮影:黒澤義教(MOE2011年8月号)

読んだ時に、気持ちが弾むように

――石津ちひろさんが文章を手がけた『おやおや、おやさい』(福音館書店)は、擬人化された野菜たちがマラソンに挑戦する物語。登場するのは、カボチャやラディッシュのほか、パプリカ、ニンジン、エノキなど。それぞれの野菜たちの生き生きとした個性ある表情、マラソンの躍動感が絵で豊かに表現されている一方、子どもたちが思わず口ずさみたくなる言葉が次々と登場する。「にんきものの にんにく きんにく むきむき」――拳をぎゅっと握ったニンニクが、勢いよく走りだす。

 言葉を発して読んだときに、気持ちが弾むようにしたいなと思うんです。読む人も、聞いている子供たちも楽しめるように。ある時、編集者さんから「好きなものは何ですか?」と聞かれ、「果物と野菜です」と答えたのがこの絵本が生まれたきっかけでした。最初に果物を主人公にした『くだもの だもの』(福音館書店)を出版。その後、野菜をテーマにした本作を書きました。

 ストーリーは考えず、好きな言葉を沢山考えて、あとは編集者さんと絵を描く方におまかせするのが私のスタイルです。言葉は無意識に湧いてくるんですよ。調子のいい楽しい言葉を連ねる。「そらまめ そろって マラソンさ」という言葉とか。これは「そ」がアクセントになっていると思います。

『おやおや、おやさい』(福音館書店)より

――ページをめくっていくうちに、読者も自ずと野菜たちの仲間になって絵本の世界に引き込まれていく。ゴールに向かい、けなげに走る選手たちの姿が耳と目で楽しめて、まだ言葉の意味が理解できない子どもにも伝わる。

 純粋に野菜たちにまつわる言葉を楽しんでほしいと思います。私は特に「かぼちゃの ぼっちゃん かわに ぼちゃん」という言葉がお気に入り。カボチャが、開放感のある土手から川に転げ落ちて、周りの野菜たちが慌てふためく場面です。読み聞かせをするときは、1回目は私が読み、2回目は子どもたちと声をそろえて読む。とにかく繰り返して読むと、子どもたちの反応がよくなるんです。つかみになるというか。

 私が講演会などで本作を読み聞かせした後に、しみじみした話や詩を作るワークショップをすると、子どもたちはよく話を聞いてくれます。ゲームにしか興味のなかった子が、本作をきっかけに言葉に興味を持ち始めてくれることも。言葉遊びをすると、自分の気持ちを言葉に託せるようになる気がしますね。言葉の響きを大切にできるようになり、詩を書きたいと言い出す子もいます。 

『おやおや、おやさい』(福音館書店)より

――絵を担当した山村浩二さんの細やかな描写も、子どもたちをひきつけてやまない。絵との相乗効果で、ストーリーは完結する。

 絵を描く方との話し合いは特にないのですが、よくこんな楽しい絵を描いてくださったと嬉しくなりました。野菜たちが喜んだり、困っていたり……。一生懸命でけなげな様子を、愛情もって描いてくださったのが伝わってくる。中でも「はくさい はくしゅは てれくさい」のページが好きですね。沿道から応援の拍手を浴び、ハクサイの照れる表情が何とも可愛くて。最後に表彰台の場面があるのですが、ハクサイが3位に入賞しているのは山村さんのユーモアのセンス。あと、最初のうちは列の後方にいたハクサイが、どうして早く走れたのかわからない(笑)。オチというか、素晴らしいと思いましたね。

 この場面にある「どんな いろでも めでたい メダル」の言葉は、私の主義かな。メダルなんて必要ない。勝ち負けが重要ではなく、それぞれのペースで走っていけばいい。子どもたちには、無理をしないで自分のペースで人生を歩んでいってほしいと思っています。

『おやおや、おやさい』(福音館書店)より

回文作りが初の絵本出版に

――幼いときから本や映画が好きで、とにかく言葉を覚えるのが得意な少女だったという。入院生活を送っていた中学時代は詩に夢中だった。

 私は2歳のときに、干支を全て覚えていたらしい。まだ文字を覚えていないときだから、もしかしたら音で覚えていたのかもしれないですね。当時、自宅に絵本はほとんど無かったのですが、講談社の『少年少女世界文学全集』があり、絵を楽しむよりも、文章を繰り返し読んでいました。翻訳も、優れたものばかりでした。

 映画館で黒澤明監督の「生きる」や「天国と地獄」などの作品を見たことも、大きな影響を受けたと思います。中学2年生のときは入院生活を送る中、高村光太郎や中原中也の詩にふれ、読んでいるうちにほとんど覚えてしまいました。幼いころ、こうして身近に言葉にふれる機会がたくさんあったことが、今の創作活動につながっているのかもしれません。

――石津さんの作品はリズミカルな言葉遊びが特徴的だが、原点をたどると回文にたどりつく。絵本作家になったのは、パリでのある出会いがきっかけだった。帰国後、1989年にユニークな回文の絵本『まさかさかさま 動物回文集』(河出書房新社)でデビュー。2007年に新版が発行されて以降、現在は11刷りを重ねている。

 大学卒業後、パリへ3年間留学しました。現地で出会った日本人の友達から、「回文の作りっこしようよ」と言われて、回文を作ったことがありました。紙にも書かないで「きしゃのやしき」など、どんどん出来ちゃったんです。帰国後、その回文づくりの話が友達経由で絵本の編集者に渡り、絵本を初めて出版しました。図書館で見た絵本の絵にほれ込んで、駆け出しながら、大物の長新太さんに恐る恐る絵をお願いしたのを覚えています。それが今の活動の原点ですね。

――言葉遊びは、子どもたちが自由に言葉を放ち、好奇心をもつきっかけになる。石津さんに寄せられる読者の反響から、それを常に実感しているという。そして、あの震災のときにも、言葉の力を知った。

 ある2歳になったばかりの子が『おやおや、おやさい』に出てくる言葉を覚えて、母親がその音声を録音して送ってきてくれたことがありました。この絵本がきっかけで野菜嫌いだった子が野菜好きになったというお手紙をいただいたこともあります。また、子どもがスーパーの野菜売り場で「きゅうりは きゅうに とまれない」という本作にある言葉を、何度も言い始めて恥ずかしい思いをしたという母親もいました。ほかには、軽い障害があるわが子が本作をきっかけに文字が読めるようになったという感謝の手紙も心に残っています。まず絵にひかれて、その後、言葉に興味をもってくれたんですって。うれしかったですね。

 東日本大震災のとき、被災地の学校で読み聞かせした本が、詩集『あしたの あたしは あたらしい あたし』(理論社)でした。これはもともと、明日への希望というテーマで作った詩。最後に、ある小学3年生の男の子がこの中の「あした」という詩を暗唱したら、周りの大人が涙ぐんでいたことを思い出します。人は不安だったり心が敏感になったりしているとき、感受性が高くなっているのかも。だから、詩の言葉がいっそう響いたのかもしれません。

――「自分が楽しいから作る。その楽しさを読者が共有してくれたらうれしい」としなやかに言葉遊びを続ける石津さん。8月と10月には、新刊が出版される予定だ。今後は、植物からインスピレーションした言葉を紡いでいきたいという。

 周りの人から「石津さんの言葉はラップと同じ。声に出して読みたくなるね」って言われ、「なるほど」と思ったことがあります。私の書く言葉は、ある種の「ラップ」だと捉えればいいのかも。面白がって、ラップのように自分で読んでみたりもします(笑)。私の場合は深く考えず、計算せず、ひらめく職人なのかもしれません。きっと、ずっとやり続けているからできるのかな。私は紙に書かなくても、頭の中に文字が書けるんですよ。

 現在は、今後、出版予定の2冊を進めています。8月は優しくて繊細な絵が特徴の岡田千晶さんが絵を担当してくれた『まほうのハッピーハロウィン』(ブロンズ新社)。10月は、なぞなぞシリーズ6冊目となる『なぞなぞのにわ』(偕成社)を予定しています。こちらは細かい植物画を得意とする中上あゆみさんが絵を描いてくれました。どちらもとても素敵な絵で楽しみです。

 今後は、今興味をもっている植物を題材にした詩を書いていきたいと思っています。私は育てるよりも、観察することの方が好き。毎日、近所を散歩しながら、遊歩道に立つメタセコイアの様子を見に行くのが日課です。去年見たのと同じ樹木が元気に育っていると安心したり、拝んでみたり……。以前は雨が降ったら外出しなかったのですが、今は心が敏感になっているせいか、雨に濡れている植物もいいなと思うようになりました。目に飛び込んでくる樹木の葉っぱや花の色が、全く違って見えることもあるんです。