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臼田捷治さん「〈美しい本〉の文化誌」インタビュー 漱石以来、装幀百十年の系譜

臼田捷治さん

 漱石『こころ』、谷崎『春琴抄』、村上春樹『ノルウェイの森』、最果タヒ『グッドモーニング』。

 これらは、著者自らが装幀(そうてい)した本だ。装幀は専門家やデザイナーの仕事と思われがちだが、かつては多様な人々が携わっていた。泉鏡花『日本橋』は日本画家の小村雪岱(せったい)が、萩原朔太郎『月に吠(ほ)える』は版画家の恩地孝四郎が、芥川龍之介の随筆集は作家の佐藤春夫が手がけている。

 「明治になり、和本に代わって洋本が導入され、独自の装幀文化が花開きました。漱石の時代から、約110年の歴史を描きたかった」

 花森安治や田村義也ら編集者も、装幀を担当した。臼田さんが勤めていた美術出版社でも、先輩の編集者が「手塩にかけて」装幀する姿を見た。雑誌「デザイン」の編集長時代はグラフィックデザイナー杉浦康平さんらを特集し、のちに漢字文化圏の「書」への理解を深めていく。

 戦後の装幀史『日本のブックデザイン1946―95』(96年)の編集に関わり、古書店で本を探したこともあって「私ひとりの視点で、まとめられそうだと思うようになりました」。それが、装幀から出版文化史を描く著書『装幀時代』(99年)に結実する。フリーになった後は、松岡正剛さんの工作舎や筑摩書房の装幀を総覧する本などを書いてきた。

 今回の本は、80年代のデジタル革命後にも目を配っている。ある完成度には至るが平板なデジタル技術に対し、手の痕跡を忘れず、身体性を重んずる新たな動きに期待する。

 「〈美しい本〉にはいろいろな形があります。私が好きなのは、内容と響き合い、無駄や無理がなく、派手すぎず、つつましやかすぎもしないもの。日本の装幀文化の分厚い歴史と、それを担う人々の広がりを感じます。連綿と受け継がれてきた脈流を、次の世代にも知ってほしい」(文・石田祐樹 写真・臼田浩平氏)=朝日新聞2020年6月27日掲載