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オースター「ブルックリン・フォリーズ」など、辛島デイヴィッドさんが薦める新刊文庫3冊

辛島デイヴィッドが薦める文庫この新刊!

  1. 『ブルックリン・フォリーズ』 ポール・オースター著 柴田元幸訳 新潮文庫 880円
  2. 『すみなれたからだで』 窪美澄著 河出文庫 748円
  3. 『短篇ベストコレクション 現代の小説2020』 日本文芸家協会編 徳間文庫 1276円

 (1)還暦間近に大病、離婚、退職を経験した男は「静かに死ねる場所」を求め、生まれ故郷のブルックリンに帰る。ひとり静かに迎えを待つ予定が、古本屋で働く甥(おい)と偶然再会し、冒険に巻き込まれる。そこには多様な人物たちとの出会いがあり、男の周りに新たなコミュニティーが形成されていく。個人的には、原文にやさしく寄り添う柴田元幸訳で本書を再読できたのは大きな喜びだが、英語版にもチャレンジしてみたいという方には著者自身が朗読するオーディオブックもお薦めしたい。

 (2)2011年から2016年の間に雑誌などで発表された著者の作品を集めた短編集。収録作品の半分は「性」というテーマを与えられ、著者が「小説、という大海に漕(こ)ぎ出すため」に書いたもの。執筆のプレッシャーに苦しむ登場人物が多く出てくるのも印象的。「ノンフィクションの色合いの強い」作品も何編か含まれるが、女性が実父と自らの「子供の父親」の2人の父を棄(す)てる冒頭作は心に迫るものがある。完読後すぐにでも読み返したくなる一冊だ。

 (3)2019年に主に(エンターテインメント性の高い)小説雑誌に発表された15編からなる短編アンソロジー。SFから警察小説や職場小説まで幅広いジャンルを網羅しているのも魅力。粒揃(つぶぞろ)いだが、ヘミングウェイの有名な短編を現代風に書き換えた井上荒野「緑の象のような山々」と著者独自の世界観とユーモアがさく裂する村田沙耶香「変容」に特に強く惹(ひ)かれた。=朝日新聞2020年7月11日掲載