「バキ」シリーズで知られる板垣恵介のデビュー作は、1989年から「ヤング・シュート」(スタジオシップ)で連載された『メイキャッパー』(全3巻)という異色作だった。タイトル通り主人公はその卓越した技術から「ビーナスの息子」とうたわれる若き天才メーキャップアーティストの美朱咬生(みあけこうせい)。彼の超絶テクニックによって、多くの有名無名な女性たちが絶世の美女として生まれ変わる。
板垣恵介があの絵柄でこのテーマを選んだことにも驚くが、「目の中に指を突っ込んで強制的にエンドルフィン(脳内麻薬)を分泌させる」など、リアリティーを度外視したトンデモな描写はすでにこのころから確立されている(頭の悪い小学生がマネしなくて良かった!)。後に10年以上も「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)の編集長を務める沢考史は新人時代にこの作品に衝撃を受けて板垣をスカウトし、格闘技マンガに革命を起こした『グラップラー刃牙』が始まったという。
同じく「女を美しくする男」の物語に、現在「グランドジャンプ」(集英社)で連載中の『Dr.クインチ』がある。最高の医療技術と最低の口の悪さを併せ持つ天才美容外科医・ゴンドーこと権藤弓一朗の活躍を『メイキャッパー』と同じく一話完結型で描いていく。作者の鈴川恵康はこれが初連載のようだが画力も高く、ブラック、ハートウォーム、ミステリー、と毎回趣向をこらしたストーリーも読みごたえがあって新人離れしている。二重まぶた形成、鼻尖形成、脂肪吸引、植毛、処女膜再生術、3種類ある豊胸手術など、多くの施術法が紹介され、最先端の美容整形を知ることもできる。
一人称は「俺様」、テレビドラマ化もされた『弁護士のくず』(井浦秀夫)を彷彿とさせる毒舌で、どんな相手にもタメ口を貫くゴンドーは極めてアクの強いキャラクターだ。「美容外科は顧客の人生を左右する医療」という誇りを持ち、「その渇き…引き受けた!」を決めゼリフとしている。美容整形がテーマといっても、「人間の価値は外見ではない」だの「整形には危険と後ろめたさがつきまとう」といった古くさい正論はまったくない。神の手を持つゴンドーは一方で人間の欲望を全肯定している悪魔的な医師であり、「外側のコンプレックスなら俺様がいくらでも消してやる」とうそぶく。ちなみに「クインチ(quench)」という聞き慣れない英単語は「消す」「いやす」という動詞であり、タイトルとしては「queens of chaos(カオスな女王たち)の略」という意味もかけているらしい。
プチ整形のような言葉も定着し、美容整形に対する抵抗感は年々少なくなっているが、それでも受ける側には大なり小なり葛藤があるだろう。大金を払っても整形を希望する人たちのさまざまな人生をのぞきながら、改めて“コンプレックス”や“欲望”について考えさせられる作品だ。