1. HOME
  2. コラム
  3. 猫派ですが、
  4. この味を邪魔されたくない 湊かなえ

この味を邪魔されたくない 湊かなえ

 炊飯器を買いました。

 米の炊き具合を調節するダイヤルが「やわらかい」で固定されたまま反応しなくなり、水の量を減らして炊いてみたものの、納得できる仕上がりにならず。

 他の家電が何か仕掛けでもあるかのように5年経ったら故障していく中、15年もがんばってくれた強者です。もう引退してもいいのではないかと、感謝の気持ちを込めて磨き、リサイクルセンターに持って行きました。

 外食の機会が減り、より出番の増えた炊飯器です。家電メーカー各社の新製品のチラシや、ネットの口コミなどをじっくり読み比べ、これだと思う一つを決めました。

 革命です!

 炊き立てのごはんはこんなにも心安らぐ香りだったのか。米とはこんなにも甘く奥深い味だったのか。

 その日のおかずは鯖(さば)と夏野菜のラタトゥイユで、なかなか上手(うま)く作れていたのに、ごはんをひと口食べてしまうと、この味を邪魔されたくないと思ったほどです。

 ふりかけも塩もいらない。米と薄味の味噌(みそ)汁だけでいい。子どもの頃好きだった「まんが日本昔ばなし」の一場面のような、茶碗(わん)に山盛りのごはんをお腹(なか)いっぱい食べたい。それだけで、幸せ。

 前の炊飯器も当時の最新型で、かなり高性能のものでした。我が家のごはんはおいしいと満足していました。しかし、15年です。パソコンやスマートフォンの進化は、機械に疎くても毎年のように実感しているのに、炊飯器については、考えたこともありませんでした。

 きっと、他の電化製品も日々、進化しているはずです。アイロンは大学1年生の時に買ったものを、30年近く使っています。とはいえ、何でも新しいものにするのではなく、使えるものは大切に。

 しばらくは、自宅でおいしいごはんを食べられる幸せに浸りながら、まだ落ち着く気配のない日々を乗り越えていきたいと思います。=朝日新聞2020年7月29日掲載