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飢えても食えない麝香牛 角幡唯介

 近年は北極圏を旅している。極地の旅は橇(そり)に荷物を大量に積載できるので行動期間が長くなる。二カ月間、一人の人間とも出会わないというのはザラで、三年前に太陽が昇らない暗黒の極夜を探検したときは八十日間もかかった。これだけ長い間、旅をしていると当然、途中で飢える。
 一回の旅の期間として長かったのは極夜の探検だったが、一番飢えたのはその翌年の旅だった。

 この旅は狩猟漂泊とでも呼ぶべきもので、自分と相棒の犬のぶんを含めて大体四十五日分の食料を橇に積んで村を出発、とくに最終目的地は定めずに、獲物がとれたらその肉を食いつなぎ、どこまで行けるかわからないが、とにかく可能なかぎり北を目指す、というものだった。狩りをすることで土地というものにいかに自分が組みこまれるか、時間の流れがどのように変化するのか、それを知るのが目的だった。

 と理念は立派で認識も色々と深まったのだが、とにかく尋常ではない空腹に苦しめられた。獲物は途中でちょこちょことれたが、重い橇を引くには十分ではなく、四十日過ぎ、五十日過ぎるうちに私も犬も激痩せし、腹はシックスパックどころか薄皮一枚張り付いた状態に。血糖値が低いのか歩いているとクラクラするほどだった。

 二カ月ほどたった時だった。獲物が出現しなければ村には帰られそうもない。嗚呼(ああ)このままの状態でいけば野垂れ死にするなぁ、死ぬるなぁ、と自然とそう思えるほど腹をすかせて歩いていた、そのときだった。行く手にとんでもない食い物が現れたのだ。

 何かというと狼(おおかみ)に襲われた麝香牛(じゃこううし)の死骸だ。内臓や後脚の一部は食われていたが、それ以外はほぼ手つかずで、村に帰還するには十分だった。
 もう神の恵みとしか思えない。犬はすでに腹腔(ふくこう)に顔面をうずめて血まみれとなり残肉を漁(あさ)っている。私もスキーを脱いで解体に取りかかった。いやー助かったぁ、と試しに一切れ、臭いを嗅いだところ、しかし、思わず吐き気がこみあげてきた。
「臭えっ! こんなもん食えるか!」
 周囲の雪の状況から死後一日前後とみられ、肉はまだ新鮮だった。だから腐臭ではない。ではなぜ臭いのかというと、要するに個体臭。もともと麝香牛は酸味がかった臭いが強いのだが、この牛は特にそれがきつかったのである。どんなに飢えてても、人間やはり、あまりに臭いものは食えないのだ。

 結局、死肉は全部犬に与え、自分は犬用に残っていた別の肉を頂くことにした。犬にとっても臭いがきつかったようで、大量に貪(むさぼ)った後、全部戻してしまったが、とはいえその後はこれを犬の食料にして死ななかったわけだから、神の恵みだったのはまちがいない。=朝日新聞2020年8月22日掲載