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ブレイディみかこ「ワイルドサイドをほっつき歩け」 逆境なんのその、躍動する生

 問答無用でおもしろい。本書のテーマはイギリスのおっさん。ビール、たばこ、ドラッグ、セックス、ケンカ、くそったれの人生。だが時代は新自由主義。仕事もなくなり、社会保障もカットされてメッタクソだ。

 たとえば、ブレイディさんの友人、スティーヴはスキンヘッドのこわもておじさん。ふだんはお母さんの介護をし、週五日、スーパーで働いている。唯一のたのしみは、週一の図書館での読書。だが、その図書館が緊縮財政のあおりを受けて閉鎖。猛烈に抗議するが、役所は閉鎖じゃない、統合しただけだと言う。ウソッパチ。行ってみたら、子供向けの本しかない。

 スティーヴは負けない。本など買ってたまるか、高いんだよ。時間はかかるけど、他の図書館からとりよせる。しかしさすが子供向け図書館。ある日、ブレイディさんが行ってみたらマジでうるさい。チッ、餓鬼どもが。スティーヴが子供たちのほうに歩いていく。や、やめろ。いや、泣いている子を抱きしめ、ママには絵本のアドバイス。子供たちの人気者、ファッキンおじさんの誕生である。

 ほかにも日々の労働に疲れ果てスピリチュアル系にもっていかれたおっさんも出てくる。Konmari(こんまり)信者になり、日本人ヤベエよ、掃除の前にお祈りするんだ。世界はときめき(SPARK JOY)なんだと言って、家財道具をすべて放りなげた。シャー。

 だがそんな話も含めて、イギリスのおっさんたちは人間にとってだいじなもの、他の誰でもない自分自身の生をつかみとって離さない。失敗上等。絶望なんて、上の階級の奴(やつ)らがすることさ。オレたちに失うものなんてない。あると思っているのなら、まずはまやかしの希望を捨て去るところからはじめよう。半ケツをだして、ワイルドサイドを踊り狂え。まわりなんてどうでもいい。この我が身を破裂させて、火花を散らすような生の躍動を感じるのだ。祈れ、スパークジョイ!=朝日新聞2020年9月5日掲載

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 筑摩書房・1485円=5刷10万7千部。6月刊。「笑って泣ける英国版『寅さん』のような本」(担当編集者)。本に描かれる人たちと同じ中高年世代を中心に支持されているという。