澤田瞳子が薦める文庫この新刊!
- 『戦の国』 冲方丁著 講談社文庫 858円
- 『時代小説 ザ・ベスト2020』 日本文芸家協会編 集英社文庫 1078円
- 『雪旅籠(はたご)』 戸田義長著 創元推理文庫 902円
根っからの時代小説好きはもちろん、初めての読者にもお勧めの短編集。
(1)SFに歴史小説、アニメ脚本やコミック原作まで幅広く活躍する筆者が、六人の武将を主人公に編んだ戦国通史とも呼ぶべき一冊。戦国とは何かという問いが全編に通底し、この時代を『戦の国』として包括的に捉えんとする意欲作だ。なお本作には通常カバー版に加え、人気ゲーム刀剣乱舞のキャラデザインを手がけたイラストレーター・しきみさんによるイケメン武将バージョンの帯もあり、時代小説に馴染(なじ)みがない若い世代にも手に取りやすい仕掛けとなっている。
(2)昨年度発表された時代小説から十一編を選(え)りすぐったベスト選。武士が台頭する平安末期の混沌(こんとん)を少女の目を通じて描いた村木嵐「あかるの保元」、二〇一八年大河ドラマ「西郷(せご)どん」のスピンオフである林真理子「仮装舞踏会」、アメリカに留学した旧大名家の御曹司がゴスペルとその歌い手たるアフリカ系アメリカ人を通じ、国のありかたを考える川越宗一「ゴスペル・トレイン」など、描かれる時代・舞台は百花繚乱(ひゃっかりょうらん)。興味のある時代や筆者の作品を、本書から探すのもお勧めだ。
(3)「八丁堀の鷹(たか)」と呼ばれた辣腕(らつわん)同心とその気弱な倅(せがれ)が遭遇する不可能犯罪の数々。しかもその中には、桜田門外の変における大老・井伊直弼の死因まで混じっており、いずれもあっと驚く謎解きが待っている。全編に静かな趣を添える幕末から明治へという世の転変も、読みどころの一つである。=朝日新聞2020年9月12日掲載