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「冷戦」書評 日本も含む世界的ドラマの総体

評者: 宇野重規 / 朝⽇新聞掲載:2020年09月19日
冷戦 ワールド・ヒストリー 上 著者:益田実 出版社:岩波書店 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784000256728
発売⽇: 2020/07/06
サイズ: 20cm/432,22p

冷戦 ワールド・ヒストリー 下 著者:益田実 出版社:岩波書店 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784000256735
発売⽇: 2020/07/06
サイズ: 20cm/462,60p

冷戦 ワールド・ヒストリー(上・下) [著]O.A.ウェスタッド

 冷戦とは、遠い過去の話だろうか。なるほど、1991年12月、大統領であったゴルバチョフの辞任により、ソビエト連邦は崩壊し、国家システムとしての冷戦は終焉(しゅうえん)した。それから30年近くが過ぎ、冷戦を体験的に知らない世代が増えたのは間違いない。しかしながら、その正負の遺産は残っており、日本も例外でないと著者はいう。
 「日本語版への序文」は、通常のこの種の文章と違い、読みでがある。長く続いた左右のイデオロギー対立はもちろんだが、日米同盟とその下での自民党優位の政治、そして冷戦に刺激された経済成長は、日本にとっての冷戦の産物であろう。それゆえに、日本経済は今日も冷戦終焉後の状況にうまく適応できずにいるし、アジアの近隣諸国との諸問題が未解決なのは負の遺産である。その意味で冷戦の克服は、日本にとっていまだ課題である。
 そもそも冷戦とは何であったのか。この問題を探るために、本書は1890年代の最初のグローバルな資本主義の危機に遡(さかのぼ)る。不安定化した世界にあって、市場、社会的流動性、変化を理念とする米国と、革命的な社会主義と合理的な計画経済を掲げるソ連が台頭する。冷戦とは二つの大国の、政治・軍事・経済のみならず理念の対立の時代であり、20世紀後半の新しいグローバルな資本主義によってアメリカの勝利に終わる。
 しかし、本書の魅力は、米ソの指導者やヨーロッパ諸国について分析するだけでなく、アジアやアフリカ、ラテンアメリカを含む、冷戦の真の「ワールド・ヒストリー」を目指している点である。地域によって状況は異なり、どこでも両大国の理念が貫かれたわけではない。各地域の軍事状況、民族主義のあり方、そして旧植民地帝国の解体の仕方によって、複雑なドラマが引き起こされる。その総体が冷戦であるということを、めくるめく本書の叙述を通じて読者は知るだろう。
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Odd Arne Westad 1960年、ノルウェー生まれ。米イェール大歴史学部教授。著書に『グローバル冷戦史』。