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「百年と一日」書評 そっと届ける 時の移り変わり

評者: 押切もえ / 朝⽇新聞掲載:2020年10月10日
百年と一日 著者:柴崎友香 出版社:筑摩書房 ジャンル:小説

ISBN: 9784480815569
発売⽇: 2020/07/15
サイズ: 20cm/185p

百年と一日 [著]柴崎友香

 あらすじのような長いタイトルから始まる、33編もの短い小説が収められた一冊。一例を挙げると、「埠頭(ふとう)からいくつも行き交っていた大型フェリーはすべて廃止になり、ターミナルは放置されて長い時間が経ったが、一人の裕福な投資家がリゾートホテルを建て、たくさんの人たちが宇宙へ行く新型航空機を眺めた」など。
 詩情と物語性が豊かに込められた題名から惹(ひ)きつけられる。
 話に登場する時や場所、人物像は様々だ。明記されない時代、場所、名のない人物によって、読み手は街、建物の色やにおい、人物の表情までありありと想像することができる。
 時間の無情さや、時代の変化の中で人々がただ生きる様子を定点観察して切り取るような描き方が印象的だった。
 反対に、ドラマティックな展開の話も、静かで淡々とした語り口が貫かれていた。著者が姿を隠し、物語だけをそっと読者に届けるような気遣いが感じられた。
 「地下街にはたいてい噴水が数多くあり、その地下の噴水広場は待ち合わせ場所で、何十年前も、数年後も、誰かが誰かを待っていた」という話が好きだ。
 大きな地下街にある、待ち合わせの名所の噴水広場。そこで高校生の松尾和美が友達の西山を待っていると、見知らぬ女性から声をかけられる。
 「好きなことをせなあかんよー。自分がやりたいことをやらないと。それがいちばん、自分で納得いくから」と。
 卒業後、東京へ進学、就職するも地元へ戻った松尾は、久しぶりに噴水広場で西山を待つ。そして隣にいた高校生に声をかける……という話だ。松尾の行動に共感したし、長年、その場所で同じやりとりが繰り返された情景を想像した。
 読む前は「どこかの誰かの話」だが、読後、不思議なほど身近な話のように感じられる物語が多かった。
    ◇
 しばさき・ともか 1973年生まれ。作家。「春の庭」で芥川賞。『寝ても覚めても』『わたしがいなかった街で』など。