『桐島、部活やめるってよ』で鮮烈なデビューを果たしたとき、まだ大学生だった。『何者』で戦後最年少の直木賞受賞と話題を呼んだのは23歳のころだ。朝井リョウさんが、作家生活10周年記念とうたう新刊『スター』(朝日新聞出版)を出した。直木賞作家という肩書を若くして背負ってきた経験から生まれた、様々な問いかけが含まれている。
「プロフィルが作品に先行することがほかの作家の方々より多かった」と振り返る。「若くて直木賞を取った人ということで作品を手にとってもらえることが多かった。それはいいことなのか、わるいことなのか。何をもって品質を判断して、どこに価値を見いだしているか、一度自分で考えてみたかった」
自分の作品は、何をもって評価され、何を目指すべきなのか。
本紙夕刊で連載された『スター』は、かつて一緒に映画を制作した二人の青年が、動画サイトの台頭でいままでの評価基準が揺らぐ映像の世界でもがく姿を描く。
作中、《世の中にあるものって結局、文脈とか関係性、もっと言うと歴史とか背景とか、そういうものからは逃れられないんだよ》とつづる。「平成生まれ初の直木賞作家」としてキャリアを重ねてきた朝井さんの一文、という文脈で読むと説得力が増す。
評価基準が揺らぐのは、映像や小説に限らない。「それぞれ尺度がある中で、全世代に向けてこれは良いものだ、大スターだ、とアピールできることがなくなったと痛感しています」
そんな状況で、物語を届ける難しさに直面しているという。『スター』は刊行前、ネット投稿サービス「note」で全体の3分の1までを無料で公開した。「新聞で連載していたからといって、私と同世代の人はたぶん手に取らない。じゃあどこに置けば読んでもらえるんだろうと。こういう試みは増えそうです」
小説のよさを「越境」という言葉で表現する。しかし危機感も強い。「聞きたくないことや不都合なことでも、物語でくるむことで、全然興味のない人にまで届けられる。それが本の良さですが、長い文章を読むこと自体への抵抗感が強まっている気がします」
朝井さん自身、「自分自身にとっても危ういことを書かないとあまり筆が進まない」という。「それを再確認させてくれた作品」
本書は10周年記念の「白版」と位置づける。来春には「黒版」の書き下ろし『正欲』(新潮社)が刊行される予定だ。エンタメ要素が多い『スター』に比べ、「ずっと書きたかったことを書いた」。
「この二つを10年間で書けるようになったと、自分へのお守りのようなものになっています」(興野優平)=朝日新聞2020年10月14日掲載