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郡司芽久「キリン解剖記」 五里霧中で見えた一筋の光

 動物の解剖といえば『解剖男』という、書名からしてオタクな本があったが、本書はそのお弟子さんの初々しいデビュー作である。

 著者は、幼いころに抱いたキリンへの愛着を一途に貫き通した理系女子。オタクといえば理系男子と相場が決まっていたものだが、そうではないところが第一のみそ。

 しかも、キリン好きが高じて、よりによって解剖学者になったという意外性もポイントとして高い。キリンの解剖ができるだなんて、誰が想像するだろう。

 若き研究者が綴(つづ)った似たようなベストセラーとしては、アフリカにバッタを倒しに行った奮闘記や、ジャングルや無人島に鳥を探しに行く冒険談が思い出される。

 それに対して本書は、数々の困難を乗り越えて、憧れの野生のキリンと対面するというようなアフリカ探訪記ではない。冬のさなか、動物園で死んで大学や博物館に運び込まれたキリンの死体を相手に解剖刀を手に格闘する物語である。

 五里霧中で死体に取り組んでいるうちに一筋の光が見えてきて、ついには大発見へと至る。キリンのくびの骨は人間と同じ7個しかないのに、なぜあんなに長くてしなやかに曲がるのか。くびの付け根の骨が8個目の「くびの骨」に変わっていたというのだ。そのままアニメの原作になりそうなハッピーエンディングなストーリーではないか。

 平坦(へいたん)な道ではなかったにしろ、幸せな出会いと周囲の理解に恵まれ、少女は夢を実現する。現状に甘んじ、夢や希望にかけようとはしない若者が増えているらしい中、貴重な存在というべきだろう。

 斎藤美奈子さんの『紅一点論』が掲げる、「政治的なイデオロギーとは無関係な」理系女子という「伝記のヒロイン像」にもピタリ合致している。

 閉塞(へいそく)感に満ちた殺伐とした世の中、夢をもち続ければいつかかなうという物語は一服の清涼剤だもの、売れないわけがない。=朝日新聞2020年10月17日掲載

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 ナツメ社・1320円=5刷2万部。19年8月刊。「科学や動物に興味のある人だけでなく、将来を考えている学生や仕事に悩んでいる女性からも感想が寄せられています」と編集者。

「キリン解剖記」著者・郡司芽久さんインタビューはこちら