- マル農のひと(金井真紀、左右社)
- 肉とすっぽん 日本ソウルミート紀行(平松洋子、文芸春秋)
- 蓼食う人々(遠藤ケイ、山と渓谷社)
新型コロナ禍で外出自粛中、食材の野菜や肉にこだわったり、名産品を取り寄せたりして、食生活を見直すいいきっかけになったのではないだろうか。今回はそんな3冊を紹介する。
『マル農のひと』はイラストレーターで文筆家の金井真紀が、果樹栽培の革命家、道法正徳(どうほうまさのり)さんを取材した驚きの1冊である。
広島のミカン農家に生まれ、農協のミカン栽培の技術指導員だった道法さんは先輩のやり方に疑問を持ち、剪定(せんてい)法や除草剤のまき方、土壌分析を見直し、さらには植物学を学んで、科学にのっとった独自の栽培方法を編み出す。かつてないこの農法によって収穫量や糖度は格段にアップ。農作業も驚くほど楽になったのだ。
しかし従来の農法を行う農家や既存の組織から排斥され、今では「流しの農業技術指導員」。独特の広島弁と下ネタトークで日本だけでなく世界中に無肥料、無農薬の農法を伝道している。
後半はこの道法栽培法に惚(ほ)れ込んだ人たちが登場する。みな農家としては変わり種で、さらに農業に革命を起こそうと日々努力を怠らない。一般家庭の菜園にも応用が利きそうなので、増産の一助にしてほしい。
野菜の次は肉だ。『肉とすっぽん』は食に関して多くの著作を持つ人気エッセイスト、平松洋子が日本のうまい肉を作る現場を訪ね歩く。ときには狩りにも同行して、命を奪われ解体され、肉となる瞬間を見届けた覚悟のルポルタージュである。
食材は、羊、イノシシ、鹿、ハト、カモ、牛、内臓、馬、すっぽん、鯨の十種。それぞれがその土地の名産品だ。それだけに、生産者は長年守ってきた狩猟法や加工法に加え、更なる改良を模索し、市場の開拓にも余念がなく、この先が楽しみだ。
平松の肝の据(す)わり方も見事だ。猟師とともに山を駆け回り、生き物の生と死をつぶさに観察、その上でおいしい料理を堪能し、美食の喜びを読者に伝えるという離れ業をみせている。
肉を食べるとは、命をいただくことだ。『蓼(たで)食う人々』もまた命への感謝と祈りの作品である。「蓼食う虫も好き好き」ということわざ通り、その土地以外では「ゲテモノ」と呼ばれる食材を、民俗学をライフワークとしている著者の遠藤ケイが訪ね歩く。
鴉(からす)は美味(うま)いのか。命を賭して採取する岩茸(いわたけ)とはどんなキノコか。山椒魚(さんしょううお)は本当に山椒の香りがするのか。伊那谷の昆虫の採取方法などなど、食べたことの無いもののオンパレードだ。70歳を超えても著者の好奇心は旺盛。歴史的な背景と民俗学的考察を付与した、画期的な食文化考現学である。=朝日新聞2020年10月28日掲載