成人式や記念日など、大事な節目に時計をプレゼントされた、という人も多いのでは? 昨今スマホを時計代わりにしている人が多くなってきていますが、『冠さんの時計工房』(樋渡りん、秋田書店)は、アナログ時計の魅力を改めて教えてくれる作品。お客さんのパートナーとなる時計選びを手伝い、思い出の詰まった時計をまた使えるように修理する時計職人を題材にした物語です。
時計屋の店主・冠綾子は、頼りなさそうな外見ですが、時計一筋、近所の人からは「冠さん」と呼ばれ、気軽に相談できる街の時計屋さんとして親しまれています。冠さんの店では時計の販売やベルトの付け替えのほか、修理にも対応します。
どしゃ降りの日、雨やどりのため店にかけこんだ女性の時計の文字盤に水滴が入るというアクシデントが。母親の時計を無断で着用していたこともあり、慌てふためく女性はドライヤーで乾かすと言いだす始末です。そんな彼女にタオルを渡しながら、「外見が乾いているように見えても水が入り、中の機械や歯車が錆びてしまう事がある」と諭し、オーバーホール(OH)を提案します。
時計の症状を正確に診断するには、時計を分解して一つひとつのパーツを確認することが必須です。その後、掃除、洗浄、油を注して元通りに組み立てることをOHと呼びます。油の量や部品ひとつでも間違えると時計が動かなくなることもあるため、冷静沈着に作業を進める力が必要です。
クオーツ時計は電池交換で動きますが、ゼンマイを巻いて動かす機械式時計は、一般的に3~4年ごとに時計のメンテナンス・OHが必要だと言われています。言い換えれば、機械式時計はOHを定期的に行えば、一生使えるということ。100年前の時計が今でも動くのは、そういった理由からです。
冠さんの店にも、祖父が使っていたという懐中時計や鉄道時計など、年代物の時計が登場します。今でも生産されている機械式時計は、1年間に約2000万個もの修理が必要で、職人の数が足りていないのが現状なのだそう。使用されているパーツ数は100個にもおよび、種類やブランド、年代によって様々な形状になるといいます。1mm以下という小さな部品もあり、修理用の工具をパーツに合わせて使い分けることも多く、ネジを外すだけの道具だけでも何種類もあるのだとか。年代物の時計のパーツを探すことは特に難しく、職人自ら製作することもあります。高価な時計が存在するのは、非常に手が込んでいるからだと納得できます。
時を刻まなくなった古い機械式時計を動くようにしてほしい、時計の一日あたりのズレを直して欲しいという難易度が高そうな依頼にも、慌てず対応する冠さん。依頼主から生活スタイルや使用場面、購入した経緯などを聞き、時計の状態と照らし合わせて不具合の原因を探り、「いつも通り」の期待に応えるのです。
「冠さんの時計工房」で知る、時計職人あるある!?
- 人の顔を見る前に腕時計に目がいってしまうので、顔をあげたら知り合いだったという事が時々ある
- 時計の持ち主でなく代理人が時計を持ち込んでも、お得意さんの時計であれば誰のものかわかってしまう
- アンティークの時計は、時計の特徴から大体の年代がわかる
- 以前修理した時計がOHなどで戻ってくると「大切に使ってくれているな」とうれしくなる
- 時計の正面である、針のついている面のことを「表情(かお)」とよぶ。「綺麗な表情」や「どんな表情をしている?」などと使われる
- 時計屋に勤めているのについ、時間を忘れて仕事に没頭してしまう
時計にまつわる資格や仕事
時計のOHや修理を行うには高い技術力が必要になります。国家資格である時計修理技能士は、その技術を評価する資格です。1~3級に分かれていて、それぞれレベルに合わせて学科試験と実務試験があります。また、時計修理以外にも修理手配から電池交換、ベルトのコマ詰めなどの簡易修理を担当する修理受付、専門知識を持つ時計販売員、ブレスレットなどを研磨し新品同様に仕上げる専門職・ポリッシャーなどの仕事があります。特に時計販売員は時計の歴史や機構、現在の業界事情、接客マナー、アフターサービス対応を学び「ウオッチコーディネーター」という資格を持っている人が多いようです。