開票の先行きを不利と見て対立陣営が「選挙を盗もうとしている」とツイートする米大統領。それにけしかけられ、徒党を組んで開票所に怒声を浴びせる群衆――そんな前代未聞の光景が日常茶飯だった今年の大統領選挙が、ようやく終幕を迎えた。
政治の分極化は聞き慣れた言葉になってしまったが、それ以上に痛切なのが社会の分断の傷だろう。しかもそれは米国社会の統治者たる現職大統領が自ら仕掛けてきた分断なのだ。
4年前、トランプ現象の出現を前に「反知性主義」に注目が集まったのは記憶に新しい。
R・ホーフスタッター『アメリカの反知性主義』を改めて開くと、封建的身分制なき国の庶民的な「反知性」の系譜がアメリカ史を貫く原動力である一方、ともすれば「エリート知識人」への理屈抜きの反感と容易に結びつくことも実感する。
だが、どこにもありそうな「叩(たた)き上げ対エリート」の図式だけでは、あのトランプ現象の暴力的熱狂は解明できまい。
陰謀妄想の様式
実はホーフスタッターには『反知性主義』の翌年に刊行された『アメリカ政治におけるパラノイド・スタイル』(未邦訳)という有名な著作がある。パラノイドはここでは「偏執的妄想」を指す。すなわち今日のトランプ現象の一部でもある「陰謀妄想」の系譜を、1960年代半ばの時点で論じた仕事である。
『反知性主義』は50年代の赤狩り=マッカーシズムを振り返って書かれたが、『パラノイド』は直近の64年大統領選をふまえていた。共和党内でエリート候補を蹴落として躍り出た自称「真正保守」のバリー・ゴールドウォーターを念頭に、保守主義の内部に巣食(すく)う反動の情念に注目し、陰謀妄想的な思考の「様式」(スタイル)と呼んだのである。
とはいえ「陰謀」という毒々しい言葉に引きずられて、この情念をならず者的な心性と安直に結びつけるのは早計だろう。
井上弘貴『アメリカ保守主義の思想史』は、第2次世界大戦前後の反共主義に胚胎(はいたい)した「ニューライト」以降の保守思潮を精密にたどった新著である。
民主党による大恐慌期ニューディール政策の政府権力の拡大と社会の管理化に反対した戦後の保守思想は、反対党の共和党に宿り木するほかなかった。その後、レーガン政権が「保守革命」の掛け声とは裏腹の道をたどると見た右派は内部分裂し、文化戦争とポスト9・11の情勢下でつばぜり合いしながら絶体絶命の危機感を強めてゆく。こうして本書は強烈な世直し意識にうながされた現代の保守主義の相貌(そうぼう)を描き出し、「不完全よりもさらに悪い」と見たトランプにあえて「賭けなければならな」いとした右派の極論の背景を明らかにするのである。
メディアが拡散
だが、そんな「極論」の選択が、なぜあれほど多数の投票で支持されたのか。その答えを示唆するのが渡辺将人『メディアが動かすアメリカ』である。
テレビ報道の内幕をはじめ、政治広報と報道、FOXニュースと「政治の商品化」、90年代に極右言論の拠点となったトークラジオ、そして自称「成功したビジネスマン」を深夜番組の人気者にしたリアリティーテレビや今日のSNSまで、政治・社会風土に関わるメディアを総覧する。テレビ記者の前歴を持つ一方、アメリカの政党政治の現場経験もある政治学者が「アメリカのメディアの見えにくい諸相を可視化」した野心作だ。
奇矯な言動を本能的に追いかけるテレビ報道の性(さが)。その一部だけ切り取って広めるSNS。片時もスマホを手放さず、「法廷闘争が勝負だ」とツイートで息巻く現大統領の姿こそ、メディアの鏡に映った私たち自身の戯画なのかもしれない。=朝日新聞2020年11月14日掲載