- オルガスマシン(イアン・ワトスン、大島豊訳、竹書房文庫)
- 黒魚都市(サム・J・ミラー、中村融訳、早川書房)
- 記憶翻訳者 いつか光になる(門田充宏、創元SF文庫)
自分は本を読む時に、何を求めているのだろう。その答えが、この三冊の本でよりはっきりわかった気がする。
『オルガスマシン』、凄(すさ)まじい本だった。人間とは即(すなわ)ち男性である世界で、男性の欲望のために生み出された、カスタムメイド・ガールたち。あり得ないほど大きく青い目のジェイド。六つの乳房と、顎(あご)に一つの乳首を持つハナ。重役専用に造られたキャシィは片方の乳房が引き出しに、もう片方がライターになっている。滑稽なほどグロテスクな世界を、淡々と、まるで脚本のト書きのような文章が繫(つな)いでいく。
消費ではない、浪費。彼女たちの生も死も無意味だ。ただ単に、意味なく捨てることができる物なのだ。恐ろしいのは、そこに意図がないことだった。傷つけよう、損ねよう、いためつけようという意識すらない。男性たちにとって、女性という人間は存在しないのだ。
紆余(うよ)曲折を経て出版されたこの一冊を、今、日本で読む意味を考えたい。
『黒魚(くろうお)都市』も抑圧と改革の物語だ。海面上昇によって水没した世界。舞台は北極圏にある洋上巨大都市。まるで蜘蛛(くも)のように八本のアームからなるその都市を統べるのは、AIであり、それを影で支配する大富豪たちだ。ある日、オルカ(シャチ)に乗り、ホッキョクグマを連れた女性が密(ひそ)かにやってきた、という噂(うわさ)が流れる。彼女は動物と精神結合ができる、特殊な人体実験の被験者だという。死に至る感染症ブレイクスを発病した大富豪の孫フィル、母を介護施設に監禁されたアーム管理官の部下アンキット、違法な格闘試合で八百長を演じるカエフ、あらゆる性を服のように脱ぎ着するメッセンジャーのソク。住民たちが夢中になる〈地図のない街〉と呼ばれるメディア。ばらばらの登場人物たちの視点が交互に語られ、その多重視点が物語の輪郭を少しずつ明らかにしていく。その全てが繫がり、フィルムノワールならぬノベルノワール的世界と、神話のようなオルカ使いが出会った時、この世界も大きく変わり始める。
『記憶翻訳者 いつか光になる』は、人の意識に潜る〈記憶翻訳者〉を描いた連作短編集。共感能力が高すぎて普通には生きられない珊瑚(さんご)は、現実世界では常にジャマーを装着して生きるしかない。自身の不完全な心に向き合うように、珊瑚は誰かの忘れたいこと、忘れてしまったこと、悲しみ、喜び、心残り、痛みを引き受ける。人の心の不思議を、SFとして描き出した快作。
わたしは人が読みたい。物語の中で生きている人がいなければ、読む意味がない。この三冊の中には、それぞれの世界で生きている人たちがいた。=朝日新聞2020年11月25日掲載