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浜島直子さんの初随筆集「蝶の粉」インタビュー 心の中の忘れ物を思い出すきっかけに

文:中津海麻子、写真:篠塚ようこ

書くことって難しい

 きっかけは、5年ほど前に雑誌に連載していたエッセー。雑誌は休刊してしまったが、浜島さんが夫とのユニット「阿部はまじ」として作る絵本の編集者から本にまとめることを勧められた。「すごくうれしかった! でも」と続ける。

 「改めて読み返してみたら、連載時とは感じていることがすっかり変わっていたんです。また、雑誌では1千字という文字数の制限があり、入れたいけれど省かざるを得ない内容もあった。編集者にそのことを伝えると、『全部書き直してもいい。納得のいくものを作りましょう』と言ってくれて、結局、ほとんど一から書くことにしました」

 苦笑しながらこう続ける。

 「書き始めてから、書くことってこんなに難しいの⁉︎ と打ちのめされて……。編集さんや夫にあの手この手でおだててもらいながら(笑)、2年の時間をかけてなんとか書き終えました」

夫のアベカズヒロさんとのユニット「阿部はまじ」として作った絵本

 実はこれまでも、モデルとしてのスタイルブックや、世界を旅した経験からトラベルブックなど、書籍のオファーはいくつも寄せられてきた。しかし、浜島さんは断り続けてきたという。

 「ありがたいと思う半面、人に誇れるほどのスタイルはないし、旅についてもオリジナルで語れるほどの知識はない。そんな中途半端な私が本を出すのはなんだか居心地が悪いと思ったのです」

 こんな本音も。

 「スタイルブックって、それを読む自分の心が満たされているときなら『わぁステキ!』『この着こなし、まねしてみよう』とワクワクできるんだけど、疲れて心に余裕がないと、『はいはい、ようござんすね』なんて、どんどん意地悪な私が出てきちゃう(笑)。そしてまたそんな自分に嫌気がさしちゃう」

 ちゃめっ気たっぷりにおどけながら、それでも本を出そうと心を決めた理由をこう語る。

 「スタイルも知識も、趣味も特技もない私だけど、20年以上仕事を続け、結婚生活も送ってきた。これまで出会ってきた人たちとの縁、そして、家族との物語に絡めながらなら何か書けるかもしれないーー。そう思ったのです」

歩んだ日々を温かく、コミカルに

 漠とした思いは、最初に収められている一編「蝶の粉」を書き上げたとき、確信と自信に変わった。

 「私はこの家の子じゃない」「自分以外は宇宙人」と妄想が好きだった少女時代の浜島さん。ある日、転校してきたMちゃんと仲良くなり、家族が留守の家に遊びにいくと、Mちゃんがポツリとこう言った。「私のお母さん、本当のお母さんじゃないの」。団地暮らし、鍵っ子、そして秘密の告白……。人の家をのぞいてしまったような後ろめたさとドキドキ感、それが真実なのかは確かめないままMちゃんと一緒に遊んだ思い出を通じ、幼いころに誰もが一度は感じるだろうフワフワとしたあやふやな感覚を、浜島さんは「蝶の粉」と表した。

 「この話を書いて、本全体の空気感が決まったような気がします」。そしてタイトルを書名に冠した。

 北海道の地方都市で育ち、洋服が大好きでモデルの仕事に憧れたこと。親の反対を押し切り、東京で暮らし始めた駆け出し時代。世界を旅していたときの驚きエピソード。母として感じた喜びやジレンマ、そして親になって知る両親の愛ーー。自ら歩んで来た日々を、ときにほっこり温かく、ときにクスッとコミカルに。かと思えば、怒りや挫折をも赤裸々に綴っているが、作品全体に漂うのは「静謐さ」だ。浜島さんが敬愛する作家、村上春樹さんや小川洋子さんの影響があるという。

 「村上さんも小川さんも、まるでものに魂が宿っているかのような表現で『静』の世界を紡ぎ出されている。私の本でも、そんな世界を作りたいと思ったのです」

 書くという作業を、浜島さんは「泉」にたとえる。

 「静かな泉の水面にプカプカ浮かびながら流れてきた葉っぱを手にしてみたり、泉に潜って底に落ちているきれいな石を拾ってみたり。そんな風にして、自分の中から出てきた言葉を紡いでいく感覚でした」

特別ではない、ささやかなこと

 普段は話す仕事が多い。「生放送でコメントしたりインタビューしたりは、来た球をどう打ち返すかという『瞬発力』が求められる。対して書くことは、泉の中で息が切れそうになりながらも泳ぎ続ける『持久力』が必要だと痛感しました。それまでとは全く違う筋肉を使ったので、今は強烈な筋肉痛です(笑)」

 あえて選んだハードカバーの装丁、浜島さんたっての願いで実現したイラストレーターますこえりさんの装画が、どこか懐かしさや文学的な世界観を醸し出す。写真は1点もなく、浜島さんのポートレートすらも掲載されていない。「浜島直子を知らない人にも手にとってほしかった」という思いが届いたのか、読者は女性だけでなく男性も多く、中学生から年配の人までと幅広い。ネットやSNSを中心に評判はあっという間に広まり、すぐに重版が決まった。

 実は著書の前書きには、「ここに記したのは、何ら特別ではない、誰にでも起こりうるささやかなこと」と記されている。

 「年齢も性別も出身地も仕事も。私とはまったく違う人生を送る方々にも共感してもらえたらうれしいし、共感しないまでも『最近、実家に帰ってないな』など、心の中の忘れ物を思い出すきっかけになるといいな……。そう願っています」

 そう言って、浜島さんは愛おしそうに表紙にそっと手を置いた。