子どもの本から大人の本に移行するタイミングとは、だいたいいつ頃が平均なのだろうか。
私の場合は、小学校高学年から中学の前半にかけて徐々に、だった。青い鳥文庫や世界文学全集、『ハリー・ポッター』や『ダレン・シャン』シリーズといった子ども向けに書かれた物語も楽しみつつ、ちらほらと大人の本にも手を出し始めた。
その最初の「きっかけ」となったのが、星新一先生のショートショート集だった。
小学校の図書館にも、近年になって児童向けに編まれた星新一先生のショートショートセレクションは置いてあった。だが、私が手に取ったのは、新潮文庫のほうだった。しかも、父が大学生のときに読み漁っていたという、すっかり日焼けした古い本。それが20冊近く、20年以上もの間、父の本棚に眠っていた。
読み始めたときのことはよく覚えてはいないが、おそらく「これならもう読めるんじゃない?」と両親が薦めてくれたのだと思う。小さい本に細かい文字、頼りなげな薄い紙。初めて手に取る大人の本にさぞ恐れおののいたことだろうが、ページをめくり始めてすぐ、抵抗感は跡形もなく消えた。
小学五年生にも分かりやすい、簡潔な文章。宇宙旅行や新しい発明品など、魅力にあふれた近未来設定と、個性豊かな登場人物。一つの本に短いお話がたくさん入っているお得感。宿題をやる合間でも、夕飯までのほんの短いひとときでも、ぱっと手に取って一話だけ読める気軽さ。そして何より、「そう来るか!」と毎回度肝を抜かれる、秀逸すぎるオチ。
こんなに刺激たっぷりの本を読んだのは、生まれて初めてのことだった。みるみるうちにショートショートの虜になり、20冊近くの新潮文庫を縦に積み重ね、上から順に取っていってひたすら読み耽った。やがて全部読み終わると、同じことをまた繰り返した。3周目。4周目。オチを完全に暗記しているのにまた読みたくなるのだから、「星新一ワールド」の魔力はすさまじい。
これは余談だが、初めて読んだ大人の本が新潮文庫で、それを大量に積み重ねて毎日読んでいたものだから、ずいぶん長い間、大人が読む文庫本には必ず栞紐がついているのだと思い込んでいた。そうでない本に出会ってからも、「ふうん、この本にはついてないのか。不便だな」くらいにしか考えていなかった。恥ずかしながら、それが新潮文庫のこだわりであることを知ったのは、つい最近、作家になってからのことだ。
私は星新一先生のようなSFの書き手ではないが、「オチで驚かせる」という点において、ショートショート集から学んだものは大きかったように思う。『1日12時間くらい原稿用紙に向かっていられないようでは、作家はできない』という趣旨のことを星新一先生がエッセイに書かれていたのも、作家を目指すにあたって勉強になった。では執筆を生業としている今、1日12時間もパソコンに向かって文章を書いているのかと訊かれると、ちょっとお茶を濁したくなるけれど。