少し前に、北海道に行ってきた。話を聞きたい人がいたのと、ウポポイに行きたかったのが理由だが、せっかくなので本屋にも立ち寄ろうと考えていた。
この連載を始めて以来、本や本屋にかかわるさまざまな人と巡り会ってきた。個人的には、非常に満足している。しかし1つだけこうしたい、と思うことがあった。それは女性の書店主に、話を聞きたいというものだ。
バックナンバーを見てもおわかりのとおり、これまでにご登場いただいたのは全員男性だ。そろそろ、女性を取材したいなあ……と思っていたところ、札幌市内に「かの書房」という、女性による個人書店があることを知った。しかも大通公園から地下鉄で行けるようだ。よし、訪ねてみよう。そう思ってメールを送ったものの、北海道に行くまでの間に返信がなかった。
「まあ、どこの誰ともわからない私にいきなり来られてもなあ」と諦め、札幌市内のホテルで寝ていた。すると帰る前日の朝になって、店主の加納あすかさんからのメールが届いた。現在は移転作業中だけど「撮影は可能です」とあったので、飛行機の時間を気にしながら、取材することにした。
札幌で個人書店を始めてみたら
新しい店は、中央区南6条西14丁目にあるという。南? 西? 札幌中心部は碁盤の目状になっていて非常に合理的というが、よそからきた私にはさっぱり方角がわからない。南で西って一体どこよ……? 調べてみると札幌市電の西線6条という電停から、歩いて1分程度の場所にあることがわかった。
ゆっくり、のんびり走る黒光りする車両に、狸小路から乗ること約15分。1階と外階段が赤く塗られた建物に「本あります」と書いてあった。その隣には、頭に何かをのせた猫のイラスト。中に入ってみると奥行きのあるスペースの中に、女性2人が座っていた。1人は加納あすかさんで、もう1人は山田真奈美さんだった。かの書房は、山田さんがオーナーのブックカフェ・ラボラトリー・ハコの中に移転したのだ。
加納さんは糠平温泉がある上士幌町出身で、大学進学を機に札幌に来た。家族はみんな本が好きだったけれど、加納さんが小学校低学年の頃に地元の本屋がなくなり、帯広の書店に週1回買い出しに行く日々だったという。
「本がないと嫌だったのですが、今のようにオンライン書店が充実していなかったし、学生の身でAmazonを使うのはなんだかはばかられて。それにパケットの上限が来てしまうので、なかなか頼めませんでした。新刊はコンビニにも入荷しましたが、好きな本をすぐに買えなくて困っていました」
2011年に大学を卒業後、いったんは事務の仕事に就いたものの、2015年にあすか書房サッポロファクトリー店に転職する。複合施設内の新刊書店で加納さんは、書店員としてのノウハウを身に着けていくが、2018年にサッポロファクトリー店が閉店することになった。そこで加納さんは古書店や別の新刊書店スタッフを経て、自分で店を開くことを決めた。
「その頃の札幌には、東京や京都にあるような小さな個人書店はありませんでした。経営的に難しいのかな、でも飛び込んでみようかな、と色々葛藤していたんです」
スペースをシェアしたら、扱うジャンルが増えた
葛藤を続けつつも加納さんは前に踏み出し、2019年3月に、かの書房はオープンすることとなった。窓がない8坪の小さな店だったが、学生から近くに住む80代までが通う店として、地元で受け入れられた。在庫がなくても「大手じゃなくてこっちがいいし、頼まないと店頭に並ばないから」と、チェーン系列書店で買わずに注文してくれるお客さんにも恵まれ、順調な滑り出しだった。
しかし2020年に入ると加納さんは体調を崩し、休業を余儀なくされてしまう。1人書店は、その1人が倒れたら続けるのが難しい。そんな折にふと、山田さんを思い出した。
2018年頃から加納さんは、書店員勉強会を主催していた。少人数で集まって書店について話し合う会の参加メンバーに山田さんがいて、彼女から2019年末頃、「誰かと店をシェアして、今より書籍のジャンルを増やしていきたい」といった展望を耳にしていたのだ。
一緒に店をやったらどうか。そう思い声をかけたものの、コロナ禍で打ち合わせができない日々が続いた。しかし夏頃に再会し、2人で「シェアハウス本屋」をやることに決めた。
「この建物は親戚のもので、2014年12月にブックカフェを始めました。約40坪の広さなので、誰かとシェアする店にしたいとずっと思っていて」(山田さん)
山田さんは2014年11月まで、別のカフェに勤務していた。数カ月かけて開店準備をしようと思っていたところ、親戚である大家に「すぐできるでしょ」と言われ、翌月にオープンすることとなったと語った。コーヒーは札幌市東区にある「豆蔵」という店で仕入れていて、レジ前に並ぶグラノーラなどのお菓子は、夫が勤める会社がパッケージを手掛けているものだ。
いざ2人でシェアしてみたら、これまでハコで扱っていた絵本の他に、小説や雑誌、エンタメや文庫などが並ぶこととなり、ジャンルがぐっと増えたという。これがいわゆるひとつの、ウィンウィンの関係というやつなのか。
売り上げは同じレジに預け、それぞれ日の売り上げから分けていく。また山田さんは加納さんの棚を見て「これを買って帰ろう」と思ったり、これまで取引実績がなくて並べるのが難しかったマンガも、加納さんに頼めばオトナ買いならぬ「大人仕入れ」ができるようになったと喜びを隠せない様子だった。
たわいのない会話で流れる緩やかな時間
「今は在庫の移転中で、3割ほどしか前の店舗から移せてないんです。山田さんにご迷惑をおかけしてるなと思うのですが、車がないから天気の悪い日は運べなくて」
取材した11月はじめは、11月11日の正式オープンに向けた移転作業の真っ最中だった。未だ準備中ということを感じさせないほど、整然と面陳されている本棚を眺めていると、加納さんと山田さんが、店で流すBGMについて話していた。
「昭和歌謡が好きなんだけど、8㎝CDってかけられる?」(加納)
「8㎝CDって何のことだか、今の子はわかんないよね」(山田)
「うちに『だんご3兄弟』とかSPEEDとかの8㎝CDがいっぱいあるから、今度持ってきます」(加納)
それは昭和でなく平成歌謡ではないかと思いつつも、聞いているこちらも楽しい気分になった。店主が2人いると、こうも穏やかに時間が流れるものなのか。
写真を撮りつつ、「まだ整理できていないのですが」と山田さんが語った店の奥に目をやると、ゴロゴロしながら本が読めるスペースもあった。商品の持ち込みはできないが、「閲覧用」とある本は自由に読めるようになっていて、山田さんは「月会費で好きなだけいられる、サブスクプランも始めるつもりだ」とさらなる展望を明かしてくれた。
閲覧用のマンガや絵本の中に、かつて自分が作っていた雑誌の、創刊号から休刊号までが並んでいた。コアなファンはいたがメジャーな雑誌ではなかったのに、休刊して8年経つのに今も誰かに読まれているとは。
「私、これ作ってたんです。まさかあると思いませんでした」
ついそう言ってしまった。
女性2人のコラボ書店は、店を訪れた書き手にもサプライズをもたらしてくれた。本屋は本を売るだけではなく、それ以上のものを伝えられる場所だと、じんわり感じた旅の最終日だった。
加納あすかさんが選ぶ、誰かを思いながら読みたい本
●『小樽おやすみ処 カフェ・オリエンタル』田丸久深(二見書房)
「仕事や人間関係に疲れた」、「将来が決まらず焦っていた」、気持ちがささくれたとき、薬膳を活かした美味しい料理が出てくるのカフェ・オリエンタル。こじれていた人間関係がゆっくりほどけていくこの作品は、ほっと一息つかせてくれるやさしい一作です。
●『木もれ日を縫う』谷瑞恵(集英社)
何年も会っていなかった母が突然現れ「自分は山姥になった」という。すれ違っていた姉妹も、母との思い出をなぞりながら、関係を築き直していく。そして母の言う「山姥になった」とはどういうことなのか。母と娘たちのお話です。読み終わったあと、無性に母に会いたくなりました。
山田真奈美さんが選ぶ、自分や誰かに贈りたい本
●『月とコーヒー』吉田篤弘(徳間書店)
続きは夢の中で…。おやすみ前のゆったりとした時間に読んで欲しい、大人に向けた童話のような24編のものがたり。
●『石の辞典』文・矢作ちはる 絵・内田有美(雷鳥社)
全部揃えたくなる素敵な装丁だけなく、小さくても読み応えがある辞典シリーズ第7弾。ページをめくるたびに硬度が増していく、さまざまな鉱石を115点のイラストと共に鑑賞出来る、
宝石箱のように美しい本。