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「最高の昼寝の前に」読みたい本 ぼーっと味わう極上の幸福 スズキナオさん

布団の中にいながら、訪れたことのない離島に思いをはせるのも楽しい=山形県酒田市の飛島沖

 昼寝が好きだ。真っ昼間に「よし、これから寝るぞ!」と心に決めて布団に潜り込む瞬間の満ち足りた気持ち。日々の中で小さな幸せを感じる瞬間は色々あるが、昼寝の直前に味わう幸福はその中でも極上の部類のものだと思う。

 昼寝の喜びを高めるためには午前中に一度しっかり起き出した方がいい。朝食をとり、元気があれば洗濯物を干し、部屋に掃除機でもかけておきたい。まるでこれから外に出かけるかのようにテキパキと行動しておけばおくほど、昼寝の気持ち良さが約束される気がする。少し眠たくなるまで本を読むのもいい。この世界の果てしない広がりを感じさせてくれるような、途方もなさに圧倒されるような本がいい。ページをめくるほどに意識が遠くへ向かい、ぼーっとして眠くなる。今回選んだ3冊は、そうやって昼寝に導いてくれそうなものばかりだ。

背後にある記憶

 『遊覧日記』は、文豪・武田泰淳の妻である武田百合子が夫の死後に綴(つづ)ったエッセイ集。娘の写真家・武田花さんと連れ立ち、東京の上野や浅草界隈(かいわい)から、時には京都まで足を延ばした散策の記録である。取り上げるのは雑多で庶民的な町の風景ばかり。古びた観光施設で見かけた人々や、隅田川沿いの花見客などが鮮やかに描写される。ちょっとしたことではしゃいだり、見栄(みえ)をはったり、どうしても格好のつかない人間の生々しい姿が、透き通ったような、しかし深い愛に裏打ちされた視線で捉えられている。こんな目を持つことができたら、誰もが自分の住む町を魅力的に描くことができるのではないか。

 風景を鮮やかに写し取る目があれば、一人の人間の言葉に徹底的に傾けられる耳もある。小野和子『あいたくて ききたくて 旅にでる』は、東北の宮城県に住む著者が、50年にわたってライフワークとして続けてきた民話の“採訪”の道程について回想した一冊。様々な民話をテーマ別に分類した民話集のようなものとは違い、民話の語り手たちがどんな時間を生きてきたか、そしてその人々の持つ時間と著者の人生とがどのように交わったかが丁寧に記される。民話と聞いて想像しがちな地域に伝わる古い話だけでなく、語り手の記憶に刻まれた個人的な記憶までもがここでは民話として、大切に扱われている。目の前の人が語る言葉が、その土地で暮らしてきた大勢の人々の記憶までも背後に浮かび上がらせる。町ですれ違うどの人の内面にも自分の知り得ない膨大な時間が存在するという当たり前のことを再認識させてくれる本だ。

旅に出たくなる

 果てしない世界に心を開く準備ができたらいよいよ旅に出たくなる。『SHIMADAS』は日本離島センターという公益財団法人が発行している日本の離島に関する百科事典のような一冊。2019年の10月に発行された最新版には約1750もの島々の情報が列挙されている。分厚いページをめくるたびに、名前すら知らなかった島の文化や風習、名所や特産品などが目に飛び込んでくる。本のページをめくり、気になった島があればインターネットで検索してみるのがおすすめだ。観光案内サイトや旅行者のブログなどと本書とを照らし合わせることで、自分の知らない場所で連綿と営まれてきた生活に思いを馳(は)せることができる。

 気軽に遠くへ出かけるのが難しい日々がまだ続きそうだが、いつかまた自由な気持ちで歩き出せる時が来たら、町の喧騒(けんそう)や、自分の知らない時間を生きてきた人の話や、行ったことのない地で紡がれてきた時間の重なりを、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込むように味わいたい。その時が来るのを待ちわびながら、今は眠るのだ。=朝日新聞2020年12月12日掲載