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「バグダードのフランケンシュタイン」書評 バラバラの体と国 奇想で描く

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2020年12月19日
バグダードのフランケンシュタイン 著者:アフマド・サアダーウィー 出版社:集英社 ジャンル:小説

ISBN: 9784087735048
発売⽇: 2020/10/26
サイズ: 19cm/396p

バグダードのフランケンシュタイン [著]アフマド・サアダーウィー

 今もそこに住むというイラク文学の旗手が、2005年の彼らの首都を舞台にした長編が『バグダードのフランケンシュタイン』だ。
 米軍が管理に入り、様々な反政府勢力が小競り合いを続ける中、日常茶飯事となった自爆によって人々は命を吹き飛ばされている。
 そんなある日、爆破テロによってバラバラになってしまった男の体を拾い集める者がおり、やはり命を失った別な者の魂がそこに宿る。彼こそまさしく「バグダードのフランケンシュタイン」である。
 この皮肉と悲劇性と哄笑(こうしょう)に満ちた設定を、しかし著者はなかなか小説の中心には据えない。むしろ周囲のキリスト教信者の老婆や、あくどい不動産屋、文筆で身を立てようとするジャーナリストなどがかわるがわる登場し、まさかと思うようなイラクの厳しい現状を映し出してゆく。
 爆撃の絶えない場所に住み続ける女たちの思い、命がけで儲(もう)けを考える人間の業、まるで何事も起きていないかのように生活する者たちの麻痺(まひ)した意識に混じって、支配者側には占い師の組織が控えて指示を出している。どれが現実の描写で、どれがフィクションか我々にはわからない。
 そういう崩壊した国の断片の間を、あのフランケンシュタインは縫うように登場する。まるで自分の体を継ぎ合わせるように。そして実際、腐っていく肉体のかけらを彼は常に新鮮な死者から得ては、自身に付け替えていくのだ。それはこの小説の多様な構成要素の比喩でもあろう。
 私も数年前、ギリシャの難民キャンプでバグダッドから逃げてきた中年男性に話しかけられたことがある。彼は褪色(たいしょく)した2人の息子の写真を見せてくれたが、安否を問うと指で銃の形を模し、引き金をひいてみせた。チャカチャカと弾が出る音を模して。
 戦争、紛争は一人ずつを深く苦しめる。心も体も引き裂かれた者を描くためにこの奇想天外は有効だ。
    ◇
 Ahmed Saadawi 1973年生まれ。イラクの小説家、詩人、脚本家、ドキュメンタリー映画監督。