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お餅がほしい 柴崎友香

 これを書いている時点で今年も残すところ一週間なのだが、丸餅がまだ調達できていない。

 お雑煮の地方ごとの特色はときどき話題になってバリエーションが楽しい。うちは両親ともに大阪でなかったからなんとなくの関西風という感じなのだが、お雑煮でも焼いて食べるのでも、とにかく丸餅だ。

 それが、東京ではあまり売っていない。近所の和菓子屋さんに「お正月用 一升のし餅あります」と張り紙があり、一升のお餅ってどのくらいの大きさなんやろう、と気になるが買ってみる勇気がない。前に住んでいた家の近所のスーパーには、関西のメーカーの丸餅があって重宝していたのだが、それも早めに買わないとすぐ売り切れてしまう。

 子供の頃は、小豆島の祖父母の家で餅つきがあり、送ってもらったお餅を毎日食べていた。あんこの入ったお餅が必ず二、三列あって、あん餅をお雑煮に入れるのが香川の習慣だと知ったのは最近のことだ。臼と杵(きね)から餅つき器になってもずっと楽しみにしていたが、十年ほど前からはそれもない。

 そんなに年末が差し迫っている感覚がなかった。街に出かけることも人と会うことも極端に少なく、行事ごともなかったから、とにかく季節感の薄い一年だった。自分が積極的に行楽地やイベントに行ったりしなくても、街の雰囲気や人の話から変化を感じとっていたんだなと思う。忙しいときは楽しそうな人の姿が羨(うらや)ましかったりしたけれども、それでも街や人の浮かれた空気は好きで、それがないのはやはりさびしいし、区切りがない気がする。

 三十一日が一日になるだけで、時間の経ちかたは特別でも何でもないと言ってしまえばそれまでなんだけれども、普段とはちょっと違う食べものや食器を用意したりするのはなんとなく気分がいい。そういうちょっとしたことが、自分にはだいじなことだ。

 大晦日(おおみそか)までに丸餅が買えるだろうか。=朝日新聞2021年1月6日掲載