【俳句を詠まなくてもいいので、子育てに疲れた人も来てください。ねんねの赤ちゃんを寝かせられるように、広めの日本間を用意しています】。自身に子どもが生まれたのをきっかけに、2016年に子ども同伴の句会「子連れ句会」を始めた西川火尖さん。30~40代の子育て世代の俳句仲間のほか、ツイッターで広く参加者を呼びかけて、年4回ほど開いています。
「自分の結社の句会は子ども大歓迎で、じゃまにされるなんてことは全然ないんです。でも、机と椅子の空間で子どもを地べたに寝かせるわけにもいかないし、中断して戻ってきたら選が終わっていたこともあって・・・・・・」。そうした自身の経験から、子育てが理由で俳句から離れてしまった人、さらには子育てをきっかけに子どものことを詠んでみたい初心者とが一緒になって俳句を楽しめる場を作りたかったと話します。
「同じ立場の人が集まれば交代で子どもの面倒が見られるので、気兼ねなく俳句が楽しめますよね。子ども同士で遊んでくれて、そこで友達になったり、ふだん通ってる保育園以外での遊びが生まれたりもしています。あとは、今まで俳句をやってなかった方が来ることで、俳句っていう閉じがちな文化の出入り口になっている実感があって、そういう面でもやってよかったなって思います」
笑顔でそう話す西川さん自身は、通っていた大学が主催する俳句賞に応募して、運良く賞金を獲得したのが、俳句にハマるきっかけだったそう。「それで誤解しちゃったんですよね。俳句チョロいな、お小遣い稼ぎにちょうどいいじゃないか、って(笑)。俳句は全然関係ない言葉同士が『この組み合わせしかはまらない』ときがあって、それがピタッとはまる瞬間がほしくてやってるって感じですけど、どんどん作って、でもできなくて、ひき返せなくなって。すっかり俳句の思惑通りという感じですが、とにかくいい句が作りたいですね」
題は「年末」と「雪」
年の瀬が迫った12月27日午後2時、コロナ禍でオンライン開催になった子連れ句会に、村上さんが参加しました。この日のメンバーは村上さん、西川さんを含めて12人。句歴20年のベテランから、漫画『ほしとんで』や「プレバト!!」の影響で始めた句歴の浅い人、眠そうな乳児を抱いた人まで、さまざまな顔ぶれが並びます。自己紹介で村上さんが「僕は子どもはいなくて、恋人募集中な感じです!」と笑いを誘ったところで、いよいよスタートしました。
この日は「年末」「雪」の題と自由詠の3句を事前に出し、特選1句を含む3句選までを済ませていました。全36句の中で最高点の7点(特選を2点、並選を1点に換算)を獲得したのは、箱森裕美さんの「雪しまいけりクッキーの空き缶に」でした。
西川:クッキーの缶ってノスタルジーなものですよね。子どものときに自分も、ドラゴンボールカードをしまったりするのに使ってました。そこに雪を入れて、しばらく経つと溶けてしまう。無常観っていうと大げさな感じもしますけれど、変わってしまうものに対する心の動きとか、それを缶の中で愛でる感じですとか、子どもの生活のワンシーンがよく切り出せていると思いました。
後藤麻衣子:「クッキーの空き缶に」から始めれば定型に収まるんですけど、あえて破調にして、句またがりで「けり」を入れたところ、最後を「に」にして切らなかったことでストーリー性がすごく増したなと思いました。
結:クッキー缶っていうだけで宝箱がピンとイメージできて。私はあえて倒置法にしたことで、作者自身が「昔やったよなー」って思い出してる雰囲気も出てるなと思いました。
西川:取られていない方にもいろいろ聞いていきたいと思います。村上さん、どうですか?
村上:クッキー缶の宝箱感はよくあるんですが、それでも雪を持って帰るのではなくて、「しまう」ってしているところが、何のひねくれもせず美しい句だなと。「クッキーの空き缶」以外にも変えてみたいですね。
聖樹に触れたのは誰?
同じく7点句に諸星千綾さんの「産院の聖樹の星に触れてみる」がありました。こちらは「聖樹(=クリスマスツリー)に触れたのは誰か」で議論が盛り上がりました。
松本てふこ:私は出産を終えて退院を間近に控えたお母さんの姿として読みました。「触れてみる」っていうなにげなさが、ぽつんとしたお母さんのひとりぼっちな気持ち、これからの不安のような、でも産み終えたスッとした気持ちが詠まれているのかなあと。
後藤:「触れてみる」のおそるおそる感に、初めて子どもが産まれたばかりのパパなのかもな、みたいな想像がふくらんできて。不安とか覚悟みたいなものをじわじわと感じる句でした。
梅田実代:私はお見舞いに来てる大人がわーってなってる横で、産まれた子のお兄ちゃんやお姉ちゃんが手持ちぶさたになっている。それでそこにあったクリスマスツリーの星に触ってみた、というような光景を想像しました。そこに喜びとかきょうだいの複雑な感情とか、いろんなものが想像されて、シンプルでいい句だなと思いました。
村上:僕ら大人って、ふつうに生きててそんなにものに触ろうとしないじゃないですか。でも「産院」っていう場所で、自分が主人公だったら触れると思うんですよ。その感覚がこの句にあって、触ろうと思わせた場所が産院だ、っていうのがいいなと思いましたね。
諸星(作者):ちょうど上の子の出産予定日が12月26日で、12月になると産院にクリスマスツリーが飾られるので、いよいよだなっていう。ドキドキしてすがりたい気持ちがあったかなと思います。新米パパとか上の子っていう読みもいいなと思いました。下の子が産まれたときの上の子の気持ちを思い出しました。
消しゴムとカッターの質感、触感、白
続く6点句には、なんと村上さんの句「消しゴムに沈むカッター雪の声」が選ばれました。
西川:3人特選ですね、すごいですね。
神谷美里:消しゴムが丸くなってしまったときに、よく消せるように切って鋭くしようとしてる場面を思い浮かべたんですけど、消しゴムと雪の異なる白と質感、触感の取り合わせが気持ちよいです。「沈む」という動詞のチョイスもうまい。季語の「雪の声」はロマンチックで甘くなりがちなんですけれども、それ以外のフレーズで甘くなりすぎないようにして、すごく繊細で重層的な感覚があっていいなと思いました。
亜久津歩:カッターの刃がまっすぐ入っていく様が、新雪を踏んでる足とか、まっすぐな動きを想起させて、入っていくときの抵抗のなさ、あと雪の白さとすごく合ってるなと思いました。雪の声と、消しゴムを使ってるときのしてるんだかしてないんだかの音もよく合ってるなと思って、この繊細さにひかれました。アイテム自体は消しゴムにカッターに、俗なものなんですけど、伝わってくるものはすごくはかなくて、美しい句だなと思いました。
梅田:すごくシンプルな表現なんですけど、静かな世界観が伝わってきて、一読して「これが特選!」って決めました。私はほぼ初心者ですけど、動詞が肝だと思っていて、「沈む」の選択がすばらしいなと思いました。
村上:僕が考えた以上にみなさんの読みがすごくて、ありがとうございます! 僕はたまに、消しゴムにカッターをぐーっと入れたくなるときがあるんですよね。ただただ、気持ちがいい。消しゴムに刃物を入れるとゴムが吸い付いて、すとんと落ちないのが妙に気持ちがいいけど怖い感じが冬と合うな、と思ったんです。季語はむずかしいなと思ったんですけどね。
西川:そんなに離れない季語、沿わせるような季語を使って、重層的でうまく深みが出た感じですね。特選をかっさらいましたね。
「しりとりのだんだん遅く年守る」(西川火尖)、「哺乳瓶なべで煮てをり年の暮」(彩佳)など子どもを思わせる句のほかに、「年の瀬や嘔吐上手とほめらるる」(神谷美里)、「店閉めて月は石ころ年の暮」(諸星千綾)、「ショートケーキを背から食べて風花」(十月)など、ベテランと初心者が入り交じった句会ならではの、斬新な発想の句が集まり、読みもさまざま交わされました。ふだんは子どもたちが暴れる度に中断して、「結局もう、子どもが飛び交う中で大声で選評して、耐えている」(西川さん)という子連れ句会ですが、この日は子どもを外出させている人が多く、スムーズに句会は終了しました。
句会を終えて、村上さんのコメント
お題があって俳句を作るときは、思い浮かべられるありとあらゆる言葉を書いていって、その言葉から連想ゲームのようなことをして、発想を飛ばしていくんです。そうすると急に、題とは関係ないところで「あ、これがあった」って言葉が出てくる。あとは人に聞いた話ですけど、アイデアを出すときはお酒をちょっと飲みながらやるといいらしいですね。常識の部分がくずれるから。「いや、それとこれとは結びつかないでしょ」っていうのが思いつく瞬間があるんですよね。今はできないですけど、一人で行ける居酒屋に行って、発想を飛ばすようなことをしていたこともあります。
今回の句会は、お題自体が「年末」と「雪」でオーソドックスだから、みんな句が似てきたりするのかなと思ったら、全然違っていておもしろいな、と思いましたね。あったかい句もたくさんあって、俳句からいろんなことを考えるのが楽しくてよかったです。どこの句会もそうですけど、すごくレベルが高くて、でも特選3つももらってラッキーでした!
村上さんの出句3句
・消しゴムに沈むカッター雪の声(特選3人)
・年末や風呂場に残るカラー剤(特選と並選1人ずつ)
・数え日やスマホの画像整理す夜