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「人生相談」本でひもとく ズバッと解決、しない時こそ ライター・トミヤマユキコさん

カセット狼 画・久保田寛子(『相談の森』から)

 人生相談は、今も昔も人気のコンテンツである。その多くは、著名人を回答者に据え、解決に向けた言葉を用意するが、私は「ズバッと解決」系の人生相談があまり好きじゃない。なんだか居合斬りみたいだし、自分が相談者だったらあっと言う間に斬られて死ぬのは嫌だ。もうちょっと生きたい。

断罪せずに共有

 Twitterの人気者にして作家でもある燃え殻『相談の森』は、なかなか斬らないタイプの人生相談だ。例えば、複数の男性と浮気をしている主婦に対し、「日常に空いた暗い冷たい穴を埋めているんだと思います」とした上で、「その答えが人として間違っていようが、あなたの今日が救われることのほうが大切です」と語りかける。一般的な倫理観に基づいて断罪するのをグッとこらえ、悩める人々と問題を共有することが、結果的に相談者たちを強くする。味方がいると思えることは、それだけで精神的なお守りになるのだ。

 『中原昌也の人生相談 悩んでるうちが花なのよ党宣言』は、音楽活動の他、映画批評や小説も手掛ける才能の豊かさに反して「書きたくて書いているのではないという後ろ向きな態度」を堅持する中原昌也が回答者。切れ味は鋭いが、斬り方が個性的すぎる。「あの人よりはマシ」と思うことで安心感を得ている自分が嫌だという相談者には、「今の自分に満足してる人なんているんですか? 誰ですか? 叶姉妹ですか?」と言い、モテすぎて困るという女性には、「常にほっかむりしてるのはどうでしょう」と言う。極端である。でも仕方がない。なぜなら、中原自身が借金をするところまでいかないと労働意欲が湧かないとか、恋人にくん付けされたら即刻別れるとか言っちゃう極端な男なのだ。しかし、極端な人間に極端なことを言われて終わりではなく、それぞれのお悩みに対し、処方箋(せん)的に映画(名作揃〈ぞろ〉い!)が紹介されている。極端なくせにアフターケアがこまやか。なんだかクセになる人生相談である。

妖刀使いのよう

 坂口恭平『自分の薬をつくる』は、躁鬱(そううつ)病と診断された経験を持つアーティストの坂口が行ったワークショップの記録である。彼が医師、24人の参加者が待合室にいる患者、という設定で診察を開始するのだが、驚くべきは、ワークショップが進むにつれ、もう悩みはなくなったと語る患者が続出するのである。それは、参加者の悩みが個人的なもののようでいて、非常に類型的であることが、徐々にわかってくるためだ。

 「みんなの落ち込み方の個性がなさすぎて、これなんらかの、症状じゃないけど、ま、風邪を引いたから熱が出た、切ったら血が出たみたいな感じだよね」……人付き合いが苦手とか、好きなことがないとかいった「私の悩み」が「みんなの悩み」だとわかった瞬間、悩みは個から全体へと拡散、人によっては雲散霧消する。まるで妖刀使いを見るかのようである。

 坂口は、診察の最後に何らかの宿題を出す。日記を書いてね、企画書をメールしてね、といった、ごく簡単な宿題である。実はこの時、医師と患者の関係は、教師と生徒の関係へと姿を変えている。彼らの宿題は、焦ってやるものではないし、途中までできた時点で先生に見せるのもありである(自身の電話番号を公開して自殺志願者の話を聞く「いのっちの電話」活動をやっている坂口ならではの対応だ)。悩みを介した終わりなき師弟関係はとても新鮮で、魅力的だ。

 ズバッと解決しては決して見えてこない風景が立ちあがる時、人生相談本は読み捨てられる実用書ではなく私達を支える愛読書へと変化する。そういう本とこれからも出合いたい。=朝日新聞2021年1月30日掲載