杉江松恋が薦める文庫この新刊!
- 『ランナウェイ』 ハーラン・コーベン著 田口俊樹、大谷瑠璃子訳 小学館文庫 1408円
- 『死相学探偵最後の事件』 三津田信三著 角川ホラー文庫 836円
- 『倒錯のロンド 完成版』 折原一著 講談社文庫 880円
(1)金融アナリスト・サイモンの娘が薬物中毒になって失踪してから半年が経った。セントラルパークで偶然娘を見かけたことがきっかけで、彼は重大な事件に巻き込まれるのだ。
探索行を続けるサイモンとは別に、二つの視点で叙述が行われる。父親の依頼で行方不明の息子を捜す私立探偵、そして依頼を受けて人を殺し続ける謎の二人組だ。一見ばらばらなこれらの語りは、物語のある時点で合流する。そこで明らかになる真相が興味深い。壮大な構図によってアメリカ社会の全体を照射する、手練(てだ)れのスリラーである。
(2)邪悪な犯罪者・黒術師からの招待状を受け、弦矢(つるや)俊一郎は孤島に渡る。彼の到来と共に幕が上がる連続殺人劇に立ち会うために。
主人公は、これから死ぬ人を察知できる〈死相学探偵〉である。伝奇要素を巧みに織り込んだこの作者ならではの物語運びに唸(うな)らされる。これがシリーズ最終作だが、単独でも楽しめる。気になる人はもちろん過去作もどうぞ。作中の仕掛けがさらに楽しめるだろう。
(3)会社を辞めて創作に打ち込んだ〈ぼく〉こと山本安雄は、自信作『幻の女』を「月刊推理新人賞」に応募する。だが、同題の作品で受賞を果たしたのは、白鳥翔というまったくの別人だった。事実を訴えるも信じてくれる人は皆無だ。〈ぼく〉は盗作者を追い始めるべく行動を起こす。
昭和期最後の江戸川乱歩賞に本作は応募された。三十二年の歳月を経て刊行された完成版だ。叙述トリックの名手による渾身(こんしん)の一作なのである。=朝日新聞2021年1月30日掲載