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違うからいいこと 柴崎友香

 小学校何年生の時だったか、教室の後ろに全員の名前を書いた表があって、忘れ物をしたらシールを貼ることになっていた。わたしは毎日のように忘れ物をしていて、赤いシールが突出していた。女子でそんなのはわたしだけだったから、すごくいやだった。もちろん気をつけるのだが、学校に来るまで完全に忘れている。テストなど暗記は得意だったから、自分でもなぜかわからなかったし、周りからはさぼっているように見えてたやろうな、と思う。

 四十年後の現在は、特性に合わせた対処の情報がたくさんあって、とても助かっている。わたしは目に見えない状態のものは意識から消えてしまうので、常に視界に入るようにしておくのがいいようだ。メモやスケジュール帳は、カラフルだと混乱するので、白地に黒か青の線だけのを使う。アラームやチェックするアプリもいろいろある。文字が認識しにくい特性がある人も、凹凸のない書体なら読みやすくなることがあるというのは、目から鱗(うろこ)だった。わたしが得意なことが難しい人のことも考えられるようになった。

 理由がわかって、工夫の仕方や道具もある。すべてが解決するわけではないけれど、シールを貼って自分はだめな人間なんだとただ落ち込んでいたことを思えば、断然いい。

 以前にもこの欄で、人の体のつくりがそれぞれ違っているのを実感して、できることと難しいことがあるのは当たり前なんだと書いた。認識や行動の仕方も違っている。特性がわかれば、補ったり生かしたりすることもできるし、それでもどうにもできないことがあるのもわかる。

 習えば誰でも同じようにできるはずというほうが、幻想だったんだと思う。人は一人で全部できるわけではなくて、それぞれ違っているから、補い合ったり、自分では思いつかないことを教えてもらったりして、社会を作ってなんとかやってきた。

 人との交流が難しくなっている今、自分とは違う人と共に生きる重みを、いっそう感じている。=朝日新聞2021年2月3日掲載