ありそうでなかった種村季弘(すえひろ)の泉鏡花論集が刊行された。それだけで鏡花ファンには垂涎(すいぜん)の書に違いない。この『水の迷宮』、しかも装丁や見返しに小村雪岱(せったい)の絵を使った箱入り美本である。
鏡花を論じた文章や講演録、対談を収め、ちくま文庫で著者が編んだ『泉鏡花集成』全14巻の解説もまとめて読める。巻頭の「水中花変幻」は鏡花作品と水のイメージを不可分にした名編で知られ、小品「瓜(うり)の涙」を導入として鏡花の「頻出する水の細密描写」に分け入り、『高野聖』や『草迷宮』『春昼(しゅんちゅう)』『春昼後刻』といった絶品にも触れながら、妖怪亡霊、母性思慕、ドッペルゲンゲルと総覧して鏡花文学を鮮やかに読み解く。半世紀近く前に書かれたのに、結びの一文も古びることがない。
「鏡花は新しい。その新しさを云々(うんぬん)することがまだ早すぎると思えるほど新しいのである」
鏡花作品の奥深さを教えられると同時に、鏡花論の高峰が、著者の残した広範かつ膨大な仕事にあってはごく一部でしかないことにも震撼(しんかん)する。(福田宏樹)=朝日新聞2021年2月6日掲載